営業自粛要請についての若干の感想 2

コロナ特措法に基づく休業要請について、さらに個人的な感想を続けます。

● 氏名公表制度の趣旨は

知事から個別の自粛要請や指示(コロナ特措法2項・3項)に応じない業者の氏名・店名は、同4項に基づき公表されることがある、と前々回に解説しました。

もっとも、この4項、すでに述べたとおり、「知事は、2項の要請または3項の指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」という内容であり、氏名・店名を公表することは必ずしも明記されていない。

これはあくまで私の解釈なのですが、この条文のもともとの趣旨は、行政に従わない個々人の氏名をさらすというものではないはずです。

むしろ逆で、行政が個々人の商売に口を挟み、閉店の要請や指示をしたときは、そのことを公に開示しなさい、ということであろうと考えています。行政が強権発動をする以上はそのことを明らかにし、誤りがあれば批判できるような状態にしておきなさい、ということであって、つまり、行政を縛る趣旨のものです。

だからこそ、条文の体裁は「知事は…しなければならない」という、知事に対する命令調のものになっているのです。

そもそも、コロナ特措法や、少し前に紹介した災害対策基本法など、緊急事態のことを定める法律は、そうした事態において、政府や知事といった行政のトップに一定の権限を与えつつも、その濫用を戒めるためにあるのです。

要請・指示を行った相手の氏名・店名が公開されるのは、あくまでその事実を明らかにするために付随するものでしかない。

であるのに、行政のトップが、ことさらに「氏名公表」を持ち出すことで、本来は行政に対する縛りであるはず規制が、私人に対する「制裁」として利用されることに、少し危惧を持っています。

● 大阪府の給付金の報道を見て感じたこと

そんな危惧を持ちながらこの記事の草稿を書いていたら、ネットニュースで、大阪府で売上げが減少した事業者に対する給付金を給付する際、その事業者名を「公表」する方向で調整していると知りました。

名前を公表されるのは、当人にとっては単純に考えて恥ずかしいことであるし、世間の風当たりを受けることも想像できる。それなのにあえてそのようなことを公表する積極的な理由が考えにくい。

実際は、事業者が委縮して給付金の申請をしないように仕向けているとしか思われないのです。

そうすると、大阪府の行政のトップ(司法研修所の同期で同じクラスだった者としてあまり名指ししたくないけど吉村知事です)は結局、コロナ特措法に基づく氏名公表の制度も、やはり「制裁」としか考えていないのではないか、と疑わざるを得ない。

● 氏名公表制度にはどんなものがあるか

さて、少し話を広げて、他にも、行政に従わない人の氏名を公表できるような制度があるのかと思って調べてみました。

いくつかの都道府県・市町村の条例レベルだと、わずかながら、行政指導に従わなかった場合に、その事実その他の必要な事実を公表できるとの例があります。

ただし、その場合は、事前にその相手方に意見を述べる機会を与えたり(佐賀県行政手続条例31条2項)、外部の審議会に諮って意見を聞く(横須賀市行政手続条例35条3項)、などの事前手続きが要求されています(以上は、大橋洋一「行政法Ⅰ」第4版 有斐閣 p287以下を参照しました。上記の各条例はネットで検索すると全文を参照できます)。

つまり、行政指導に従わない場合に、制裁的に氏名を公表するのは、制度としてはわずかな例外を数えるのみであり、しかも事前の手続保障が要求されています。

● 今後の運用にトップの姿勢が表れる

コロナ特措法による個別の要請・指示をするにあたっても、事前によくよく「お願い」をはじめとする適切な指導をすべきであり、住民の健康確保のために合理的な指導をしてなお従わないという相当悪質な場合に限って、個別の要請・指示と氏名公表が行われるべきです。

あくまで、必要かつ合理的な行政指導が主、氏名公表は副次的なもので従、と考えるべきであって、制裁としての氏名公表を最初からちらつかせて営業自粛を迫るのは本末転倒と言えるでしょう。

繰り返しますが、コロナ特措法は、緊急事態において、政府や知事といった行政のトップに、一定の権限を与えつつも、その濫用を戒めるための法律です。

45条2項・3項の要請・指示と、4項の氏名公表が今後どのように運用されるか。そこに、各自治体のトップが、個々の市民の苦境を本当に切実に考えているのか、もしくは単に、制裁や恫喝で従わせようとしているだけなのかが、表れてくると思います。

営業自粛要請についての若干の感想 1

前回、休業要請と店名公表との関係で、コロナ特措法45条2項から4項の内容をわりと詳細に紹介しました。これに関して、以下、いくつかの雑感を述べます。

● パチンコ店が想定されている?

4項によれば、閉店などの措置の要請や指示を名指しで受けると、その事実(名称を含めて)が公表されることになります。

現在、吉村知事ら行政のトップが、どこまでのことを考えているかはわかりませんが、新聞やネットでの記事を見ると、パチンコ店なんかを想定しているようです。

ごく個人的には、私はパチンコはしないし、現在もなおパチンコ店の開店前に行列を作る人たちの気持ちがわからないので、まあいいかと思ってます。

ただ、自分に関係のない規制だと思って行政が強い権限を行使するのを放置すると、いずれそれは自分の身の回りに及んできかねない、との懸念から、前回、コロナ特措法で行政はどこまでのことができるのか、条文を細かく参照してみた次第です。

● 「バー」は規制対象か?

もう一つついでに、個人の関心で書きますが、私の好きなバーなんかは規制の対象になりうるのか。

前回紹介した政令の11条1項11号には「キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他これらに類する遊興施設」と規定があります。

お酒をメインに出すバーはここに含まるか。おそらく、行政当局としては、「その他これらに類する遊興施設」に含まれていると考えているようです。だから大阪はじめ各都市でも、バーはナイトクラブと一緒くたにして、閉店の要請(特措法24条9項の、お願いレベルのもの)が出された。

私が好きな、街はずれに明かりを灯し、寡黙なマスターがいて、客がしずかにスコッチウイスキーなんかを傾けているバーが、キャバレーやナイトクラブに「類する遊興施設」だとは、とうてい思えないのですが(キャバレーやナイトクラブを低く見る趣旨ではありません。キタでもミナミでも、お世話になってるクラブはありまして、私も営業再開を望んでいます)。

4月24日追記。大阪府のホームページに、24条9項による休止を要請する施設として明記されていました。「キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール、バー、 ヌードスタジオ、のぞき劇場、ストリップ劇場、 個室ビデオ店、ネットカフェ、漫画喫茶、カラオケボックス、 射的場、勝馬投票券発売所、場外車券売場、ライブハウス 等 」とあります。バーとストリップ劇場を同じグループにカテゴライズするとは噴飯ものです。)

ただ、私の通っている小さいバーであれば、面積1000㎡超の要件を満たすところはないので、よほどのことがない限り、厚生労働大臣の指定に基づき個別の要請を受けることもないであろうと思っています。

もっとも、私が前回と今回に分けて長々と書いてきたこうした「理屈」は、私がいちおうは法律の専門家だから、直接条文に当たって知りえたことであって、世の中の大半の善良なバーの店主は「自粛要請が出てるから店を閉めとこう」と判断すると思います。

現に、私の知る大阪のバーの多くが、自主的に営業を見合わせておられます。

現時点では単なる「お願い」レベルの要請でしかなくても、お客さん相手の仕事であり、かつ、世間の風当たりを多少は気にしないといけない以上は、そうならざるをえないでしょう。

だからこそ、国・地方自治体としては、バーに限らず、休業中の事業主に対する手当を早急に進めてもらいたいと思うのです。

(続く)

営業自粛要請と店名公表 どのように行われるか

コロナ特措法の話をもう少し続けます(法律の正式名称は前回の記事に書いたとおり「新型インフルエンザ等対策特別措置法」ですが、引き続きこの用語を使います)。

大阪府の吉村知事が、営業自粛要請に従わない施設の氏名・名称を公表すると言い出し、国レベルでも西村経済再生大臣がそんなことを言うようになりました。

そんなことができるのか、と思って、改めてコロナ特措法を読み直しまして、結論を先に言うと「できる」ということになりそうなのですが、このことについて解説します。

今回はやや詳細に書いたため長くなりますが、長くて読むのがしんどい方は、末尾の「まとめ」のところだけでもご参照ください。

なお、この記事を最初にアップロードしたのは令和2年4月22日(水)です。その後、明らかになったことなどを踏まえて、追記することがあり、その場合は追記した旨を明記します。

● 自粛「要請」を受ける対象施設・・・45条2項

前々回の記事(4月6日付)の「2 施設の利用制限」のところで紹介した、コロナ特措法45条をもう少し詳しく書きます。

条文を直にご覧になりたい方は、このリンクを参照ください(→コロナ特措法の条文)。

45条2項によると、知事は、「新型インフルエンザ等(コロナもここに含まれる)のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」に、その施設の管理者に対し、施設の使用制限・停止その他の必要な措置を要請することができる、とあります。

「施設」には何が含まれるかというと、学校、社会福祉施設、興行場、その他政令で定める施設、とされています。

このうち興行場とは、興行場法1条1項で「映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸又は観せ物を、公衆に見せ、又は聞かせる施設」とされています。

また、政令で定める施設とは、新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令11条に規定されており、ざっと書いてみます。はしょって書くので、詳細に見たい方はリンク先の条文にあたってください(→施行令の条文)。

1 学校

2 保育所、介護老人保健施設等

3 大学、各種学校

4 劇場、観覧場、映画館演芸場

5 集会場、公会堂

6 展示場

7 百貨店・マーケット等

8 ホテル、旅館

9 体育館、水泳場、ボーリング場等

10 博物館、美術館、図書館

11 キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホール、これらに類する遊興施設

12 理髪店、質屋、貸衣装屋等

13 自動車教習所、学習塾等

ただし、上記の3から13については、建物の床面積の合計が1000㎡を超える施設に限るとされています。小さくて人の出入りが少ないような個人商店を規制の対象外とする趣旨でしょう。

もっとも、これにもさらに例外があり、1000㎡以下の広さの施設であっても、特に必要があると認めるときは、厚生労働大臣が学識経験者の意見を聞いた上で、上記3~13の施設を規制対象に含めることができるとされています(施行令11条1項14号、同2項)。

以上がコロナ特措法45条2項の「要請」の対象です。

● 自粛「指示」・・・45条3項

45条の3項には、知事の営業停止措置などの要請を受けた施設管理者が、これに従わなかったとき、「特に必要がある」場合には、その管理者に、措置を行うよう「指示」できる、とされています。

以上のように、コロナ特措法45条2項の要請と、3項の指示は、条文を読む限り、特定の施設・店舗を名指しして行われるものと読めます。

● 現在の要請のレベルは?

いま、東京や大阪で、居酒屋は夜8時まで、ナイトクラブは閉店、といった要請が出ていますが、これは、個々の店主に対するものでなく、業種全体に対するものですから、2項・3項に基づくものではなさそうです。

では何かというと、これは、24条9項にある、 都道府県対策本部長は公私の団体に「必要な協力の要請」ができる、という条文に基づくものです。

45条1項には、住民全般に対し必要な協力を要請できる、という条文があり、これに基づいて住民全般に自粛要請が出ていますが、これと同じレベルです。

なので、現時点(この記事を最初にアップロードしたのは4月22日)でのレベルでの営業自粛要請を無視して営業したところで、直ちに氏名・店名が公開されたりするわけではない。

で、今回の吉村知事なり西村大臣なりの発言は、今後は、全般的なお願いレベルの要請ではなくて、2項・3項に基づく個別的な要請・指示をしていく、ということを言っているのでしょう。

● 氏名等の公表・・・45条4項

とはいえ、個別的な要請であれ指示であれ、強制力がないのは、前々回の記事に指摘したとおりです。なので、行政が無理矢理にお店や施設を閉鎖させることはできません。

その代わり(と言うべきかどうかわかりませんが)、氏名・名称の公表をすることが考えられます。

氏名・名称の公表は、その次の4項に根拠があり、このように定められています。「知事は、2項の要請または3項の指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」(一部要約)と。

条文には、店名・施設名やその管理者名を公表できると明記されているわけではありません。

とはいえ、「その旨」(つまり要請・指示を出したこと)を公表するにあたっては、おそらく、たとえば「大阪府〇市〇〇所在のナイトクラブ『バクテリア』オーナーの〇〇ケメ子に対し、2週間の閉店措置を要請しました」といったことが公表され、必然的に名前も明らかにされる、ということになるでしょう(当然ながら上記店名・人名は架空のものです。浜村淳さんがたまにラジオで言ってるやつです)。

4月27日(月)追記。吉村知事が4月24日、大阪府内の6店舗に、2項に基づく要請を出し、4項に基づき店名を公表しました。6店舗すべてパチンコ店であるようです。4月27日の記事

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● まとめ

長々と書いてきましたが、ここまでのところで、以下のことが言えそうです。

現在(4月22日)、コロナ特措法45条2項・3項に基づく個別のお店・施設に対する閉店などの要請・指示は出ていない。

いま、業種レベルで営業時間短縮や閉店の要請が出ているが、これはその業種全般に対するお願いレベルのもの(24条9項または45条1項に基づくもの)であって、45条2項・3項の個別の要請ではない。したがって、いまの時点で、居酒屋が夜8時を越えて営業したり、ナイトクラブが営業したりしても、いきなり氏名・名称が公開されることはない。

今後、施設管理者や店主に対し、個別の要請・指示が来ることはある。ただし、1000㎡を超えるような大きい施設でない限り、個別の要請・指示は来ない。

小さい店でも個別の要請・指示が来ることは、将来的には考えうるが、それには、厚生労働大臣が外部の学識経験者の意見を踏まえて規制対象を広げる必要がある。そして現時点でそんな動きはない。

個別の要請・指示を受けると、4項により、要請・指示を受けた事実が公表され、その中で、氏名、店名などが明らかになる。ただし、行政側としても、いきなりそんなことはしたくないはずなので、個別の要請・指示の前段階として、「お願い」をしてくるはずである。

なぜなら、個別の要請・指示ができるのは「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」という要件を満たす場合に限ります。不用意に要請・指示をしてしまうと、要件に達していないのに閉店を命じられ、氏名まで公表されて風評被害を受けた、と行政訴訟で争われる可能性があり、敗訴してしまうと賠償責任が発生するからです。

ひとまず以上です。余力があれば続きます。