弁護士の説得の仕方 2

「弁護士の説得の仕方」ということで、引き続き書きます。

私の結論は前回書いたとおりです。弁護士は証拠によって事実を明らかにし、それによって自身の立場の正当性を主張するのであって、それを抜きにして口先だけ、物の言い方だけで事件を解決することはない、ということです。

すでにこのブログやホームページで度々書いたのですが、それでもやはり、「相手を説得してほしい」という相談や依頼は多いです。

前回書いた立退き料のほか、契約上のトラブルとか交通事故とかの際の損害賠償や、離婚や不倫の慰謝料など、金額が問題となる場面で弁護士に頼めば「相手とうまく交渉してくれる」と思う人は多いのでしょう。

 

では、そういう依頼に際して弁護士はどう動くか。前回、刑事事件を例に書きましたが、今回は交通事故を例にあげてみます。

交通事故の被害者からの依頼で、賠償問題を交渉することになれば、弁護士としてはまず、どういう状況で事故が起こったのか、どれだけのケガを負ったのかということを、証拠(警察の実況見分調書とか、医師のカルテなど)によって確認します。

あとは被害者のケガに応じて、賠償額の算定基準というものがあるので、それに当てはめて計算し、加害者(またはその保険会社や、その代理人の弁護士)に提示します。

仮に、基準をあてはめてみたら、400~500万円くらいの賠償金が取れそうだというときに、被害者側の代理人は基準の範囲内で目いっぱいのところ、つまり500万円くらいを請求することが多いです。

加害者にも弁護士がついたら、弁護士同士、裁判になったら賠償基準に照らしてどれくらいの判決が出るか予想がつくので、加害者側としては、基準の範囲内で下のほう、つまり400万円くらいで交渉してくるでしょう。

では、400万か500万か、どうやって決めるかというと、「口のうまいほうが勝つ」わけではありません。双方の当事者の落ち度やケガの度合いなどの事実関係について、証拠に照らして、有利な材料をどれだけ出せるかで決まります。

 

弁護士の交渉のやり方として、特に最近、誤解されているなあと感じるのは、弁護士は「とにかく最初は大きくふっかける」と思われている点です。橋下弁護士が知事になり市長になって、政策決定過程でそのような手法を用いたことから、それが弁護士一般のやり方みたいに思われているフシはあります。

私が依頼者に、予想される賠償額はこれくらいだと伝えると、その2倍くらいでふっかけてください、という人も多いですが、それは政治家やヤクザならともかく、弁護士の交渉のやり方ではありません。多めに請求するとしても上記のように基準に照らして限度があります。

基準に照らして400万~500万くらいが落としどころであるケースで、被害者側の弁護士がいきなり「1000万円払え」と言ったとしたら、加害者側の弁護士は、冷静に話し合う意思がないとみて、「だったら裁判でも何でもどうぞ」と交渉を打ち切るでしょう。

それで裁判をやったところで、証拠も何もないのに1000万円の賠償が認められることなどありえない。弁護士間の交渉でふっかけても放置され自滅するだけなのです。

 

当ブログへの検索ワードを見ていて、どんな話し方をし、どんな言葉を使えば交渉や説得で有利になるのか、という情報を求めている方が多いのだなという印象を受けましたが、弁護士としては、交渉の材料(つまり自分側に有利な事実や証拠)がどれだけ出せるかがすべてであるということを、重ねてお伝えしたいと思います。

新年のとりとめのない雑感 3

前回の続きで、あくまで私個人の見解ながら、弁護士にとってタチの悪い、質の低い事件とはどういうものか、について。いろんな例を挙げることはできると思いますが、単純化のため、とりあえず4つの類型に分けます。

 

1つめの類型は、依頼の内容自体が違法なケースです。

例として、明らかに脅迫にあたるような文書を、弁護士の名前で紛争の相手方に送り付けてほしいという相談があります。この類型は論外であって、弁護士である以上、受けてはいけない事件です。

 

2つめの類型は、弁護士を「代書」としか考えていないようなケースです。依頼者が思うとおりの内容を一言一句、訴状や内容証明に書いてほしいというものです。

弁護士が文書を書く以上は、ふさわしい法律構成や表現を慎重に吟味するのですが、弁護士としてとうてい書けない表現(法的に不正確であるとか、品位に欠けるなど)ばかり書いてくれという人はたまにいます。

 

3つめの類型は、依頼者がおよそ現実的でない「戦略」を立てているケースです。

例としては、以前も触れましたが、金を貸した相手がお金を返してくれないとき、貸金返還の民事裁判を起こすのではなく、警察に詐欺で告訴してほしい、という相談がそれです。

警察に告訴する→警察が速やかに捜査に乗り出す→相手が驚いてすぐにお金を返してくる、という「戦略」なのですが、これがまず実現不可能であるのは、以前書いたとおりです(右の「2011年8月アーカイブ」にて「告訴を受理させる50の方法」を参照ください)。

 

4つめの類型は、法律問題でもないことについて、とにかく交渉してほしいというケースです。例としては、彼女と別れたいからキレイに別れられるよう交渉してほしい、というものです。

 

1の類型は、上記のとおり、間違っても受けてはいけない相談です。2から4の類型でも、一昔前の弁護士なら、そんなの弁護士に頼むことじゃない、と断ったでしょう。

ただ注意していただきたいのは、弁護士がこうしたケースを断るのは、多くの場合、弁護士としての矜持と良心に基づくものです。

もしこれが悪徳弁護士であれば、高い着手金だけ取っておいて、「あなたの言うとおりやってみましたがダメでした」「がんばって交渉しましたがダメでした」で終わりでしょう。

 

弁護士の数が増えて、アクセスがよくなることで、この手の相談はきっと今後増えると思います。私ならたぶん断りますが、これからどんどん弁護士の数が増えてくれば、食っていくためにはやむをえず、疑問を感じつつもこうした案件を受ける弁護士も増えていくでしょう。

すべての弁護士がそうだとは思えませんが、相当程度の数の弁護士において、その仕事は、法律の専門家ではなく、依頼者の手駒みたいになっていくことが予想されるのです。