先物取引被害相談3 裁判で争うべきポイントは

前回の続き。

小島「先生、私も覚悟して、ゴールド物産の金の先物取引は終了しましたよ。投資した500万円は丸損しましたが、もう金相場に一喜一憂しなくてすむかと思うと、せいせいしました」

山内「それは良かったですね。私も先日、ゴールド物産に、私が小島さんの代理人になったという通知を送りました」

小島「ほう、宣戦布告みたいなものですね」

山内「いや、そんな大げさなものでもなくて、あいさつ状ですよ。あわせて、あなたの取引履歴の一覧がわかるように、元帳を取り寄せておきました」

小島「何か分かりましたか」

山内「元帳を見れば、いつ、どんな取引が行われていたかが一覧できるのです。これで、いろんなことが分かりましたよ」

小島「へえ。どんなことが?」

山内「最初のうちは、金を少しずつ買って、相場が上がってきたところで売る、と堅実に取引をしているのですが、次第に取引が激しくなっていますね。1日のうちに、買い付けた金をすぐ売る、ということが繰り返されています」

小島「はあ。相場のことはわからないんで、そのへんは任せきりだったんですけどね、確かに、途中で担当が男性社員に変わったあたりから、えらく頻繁に電話がかかってきて、買いましょうとか売りましょうと、うるさかったですね」

山内「買ったものを同じ日のうちに売る、これをいわゆるデイトレードと言います。プロの投資家は、1日じゅう相場を見ていて、買っては相場が上がるとすぐ売る、ということを繰り返します。これらの人をデイトレーダーと言います」

小島「デイトレーダーかあ。言葉だけは聞いたことがありますけどね、そんなプロみたいなことをしてくれなくても良かったのに」

山内「それに、相場が動いていないのにデイトレードしていることが多々あるんです。朝に買ったものが昼に値上がりしたから、すぐに売って利ざやを稼ぐ、というなら分かるんですけど、値段が変わっていいないとか、逆に下がっているときにまでデイトレードしているときがあるんです」

小島「どうしてまた、そんなことをしたんでしょう」

山内「考えられるのは手数料稼ぎです」

小島「手数料?」

山内「それも知らずに取引してたんですか? 先物業者だって、お客さんの注文をタダで商品取引所に取り次ぐわけじゃなくて、その都度、手数料を取っているんです。ですから、デイトレードで頻繁に取引してると、それだけ手数料が増えるんです」

小島「そうかあ。してやられたってわけですねえ」

山内「それから、金を買っているはずなのに、途中から、とうもろこしや大豆の先物も買わされてますよ」

小島「ああ、金だけに投資するのでなく、リスクを分散させるために買っときましょう、って言われたんです。これからはバイオエネルギーの利用がさかんになるから、穀物の相場が上がるとか言われて」

山内「穀物の相場を張るために、新たに証拠金を積まされてますよね。そうやって投資額が膨らんでいったんでしょう。典型的な、泥沼にはまるタイプの取引ですね」

小島「今思えば、うかつでしたねえ。冷静に考えると悔しくなってきました。これから、どうしたら良いのでしょうか」

山内「裁判で、損したお金を返すよう求めます。いわゆる損失補填は認められていませんが、違法な取引をさせられたことで損害を受けた、つまり正当な損害賠償を求めるのだ、という裁判を起こすわけです」

小島「わかりました。よろしくお願いします」

 

(続く)

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先物取引被害相談2 投資の引き際

小島さんの相談、前回の相談の翌日、資料を見ながら。

 

山内「なるほど、こういう取引状況でしたか。で、元はと言えば、なぜ小島さんが先物取引など始めることになったのですか」

小島「それがまあ、ゴールド物産の営業の女の子がかわいかったもので…」

山内「ああ、飛び込み営業は女性社員だったのですか。先物業者がよく使う手ですね。どんなふうに勧誘されたのですか」

小島「これから金の価格は絶対あがりますよ、って彼女が言ったんですよ。これって詐欺ですよねえ」

山内「はい。『絶対に儲かりますよ』なんていうセールストークは、『断定的判断の提供』と言って、商品先物取引法でも明確に禁じられています。でもそのへんは、後から『そんなこと言ってない』と言われたら、それでおしまいですね」

小島「でもそれだけじゃなくて、そもそも先物取引の仕組みなんて、山内先生にお聞きするまで何もわかっていなかったですのに」

山内「まあ、でも、契約書を見ると、損失が生じるリスクはひととおり書いてあります。だから、全く説明がなかったというのも、通りにくいでしょうね」

小島「そうですか…。じゃあ、どんなところから攻めていけばいいんでしょう」

山内「言った言わないの話ではなくて、客観的な事実から追及すべきでしょうね。小島さんは、最初は50万円だけの取引だったのが、次第に取引金額が増えて、最終的には500万円にもなった。どうしてこんなに取引が増えたのか、そこがポイントの一つです」

小島「最初は儲かっていたので、営業の女の子に乗せられて、金を買い続けたんです。でも相場が下がると、担当が変わったとか言って、上司の男性社員が追証を払えって、やかましく言ってきたんです」

山内「担当者がころころ変わるのも、よくある話ですね。最初は若くて親しみやすい社員が出てきて、調子のいいこと言って投資額を膨らませる。相場が悪くなったら担当が変わる。前の担当の子が調子いいこと言ってたのとは打って変わって、追証を入れろときつく言ってくる」

小島「まさにそうでしたよ。本当に、ゴールド物産の連中は鬼ばかりですよ。私もお店の仕込みで毎日忙しいし、中国に行って食材の買い付けもしてるんです。そんな状況でも、担当者が入れかわり立ちかわり電話してきて、冷静な判断のしようがなかったんです」

山内「そうして熟考するひまもなく、取引が膨らんでいったのですね」

小島「それにしても、300万円も追証を払えとは…」

山内「昨日言いましたように、500万円の証拠金はあくまで手付けみたいなもので、実際は5000万円相当の金を買う契約をしているわけです。相場が上がれば利益も大きいですが、逆に、ちょっと下がっただけでも大きな損失が出るんです」

小島「私、どうしたものでしょうかねえ」

山内「これまで預けた500万円がパーになることを覚悟して、ここで取引から撤退するか、または、300万円の追証を上積みして、金相場の回復にかけてみるか、どちらかですよ」

小島「先生、どちらがいいのでしょうか…」

山内「いや、私は法律家ですから、法律のことなら何でも聞いていただいていいのですが、金相場のことは、全く判断のしようがありません。そこは、小島さんに決めていただかなくてはなりません」

小島「どうしようか、困ったなあ…」

山内「でもね、あえてどちらが良いかと聞かれたら、撤退することをお勧めしています。追証を積んで、回復できればいいけど、損が膨らむだけかも知れない。でも撤退すればこれ以上の損失は出ない。そうしておいて、あとは、先物業者との交渉や裁判を通じて、損した分を取り返すのです」

小島「なるほど、わかりました。このあと、ゴールド物産の担当者に連絡して、取引は終了すると伝えます。えらく損したから、うちのカアチャンには怒られるだろうけど、これから先生、弁護を頼みますよ」

山内「え、あなたの奥さんに弁解するのに私が立ち会うんですか? それはちょっと怖い…」

小島「いや、先物業者のほうですよ。少しでも損を取り返してください。正式に依頼いたしますので」

山内「ああ、そっちですか。わかりました。お引き受けします」

 

(続く)

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先物取引被害相談1 先物取引とは

登場人物:小島さん(50代、男性)。南堀江法律事務所の近くで中華料理店「康楽」を経営しており、何かにつけて相談に来られるお得意さまでもある。

 

山内「おはようございます小島さん。あれ、えらく顔色が悪いじゃないですか」

小島「そうなんですよ先生、私もう、首を吊らないといけないかも…」

山内「どういうことですか、何があったんです?」

小島「明日の正午までに300万円、用意しないといけないんですよ」

山内「ええ? 『康楽』は無借金経営だったでしょう? なぜ急にそんな…」

小島「実は先物取引に手を出してしまったんですよ。大損しました」

山内「ああ、先物ねえ…。その手の相談は多いですが、小島さんもやっておられたとは」

小島「えっ、弁護士さんに相談したら、何とかなるんですか?」

山内「状況をお聞きしないことには、何とも言えないんですけどね、良かったら聞かせてもらえませんか」

小島「1か月くらい前ですけどね、ゴールド物産っていう、金(きん)を扱っている業者の方が、飛び込みの営業に来たんです。これから金相場が上がりますから買いませんか、って勧められて、50万円ほど預けてしまったんです」

山内「それで、儲かったのですか?」

小島「最初は少し利益が出ていたので、追加で投資しました。そのうち、相場が下がりだして、昨日、オイショーで300万円入れてくれ、って言われたんですよ。先生、オイショーって何ですか?」

山内「え、それを知らずに先物取引をしておられたんですか?」

小島「はい、お恥ずかしい限りで…」

山内「じゃ、大ざっぱに先物取引の仕組みを説明しますね。えーと例えば、商品取引所に、3か月後に金2キログラムを500万円で買います、と注文を出すんです」

小島「いやーウチみたいな中華屋に、金2キロも要りませんけどねえ」

山内「もちろんそうでしょう。だから、3か月後が来る前に、それを売ってしまうんです。最近は金の相場が上がってるから、1か月後には金2キロが550万円になっているかも知れない。そのときに転売すれば、50万円の差益が儲かるわけです」

小島「なるほど、それはいい話ですね。でも元手の500万円を用意するのは大変ですなあ」

山内「いえ、3か月後に500万円で買う、と約束するだけですから、今すぐ500万円払うわけではない。ただ商品取引所に、いわば手付みたいに、1割程度のお金を入れておくわけです。ちゃんと取引しますよ、という証拠となるので、証拠金といいます」

小島「そうか、私が最初に預けた50万円は、その証拠金だったのですね」

山内「それも知らずに取引されていたのですか。まあ、続けます。さきのは金相場が高騰したときの話です。逆に相場が下落して、金2キロが450万円になったとしたら、50万円の損失になりますよね。そうすると、3か月後に、500万円を支払って、時価450万円相当の金塊を受け取る、ということになるかも知れない」

小島「いやー、500万円も払えませんし、金塊も要りません」

山内「そうでしょう。ですから、差損の50万円をさっさと支払って、金を安値で転売してしまうことになります」

小島「でも、一時的に相場が下がっても、3か月後が来るまでにまた上がるかも知れないから、金を持ち続けても良いのですよね」

山内「そうです。ただ、50万円だけ預けている状態で50万円の損を出しているわけだから、この時点で証拠金は底をついたことになる。その状況で取引を続けるのであれば、証拠金を追加しなければならないのです。これが、『追証拠金』(おいしょうこきん)、略して『追証』(おいしょう)です」

小島「なるほど、それがオイショーってやつですか、だいたい分かりました。で、私はどうすれば良いでしょうか」

山内「これまでの取引経過を把握したいので、契約書とか、ゴールド物産から送られてくる売買報告書などを見たいのですが」

小島「わかりました。今日はこれから『康楽』のランチの仕込みに入りますので、明日の朝一番に資料をそろえて出直します」

 

(続く)

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注:多くの方には先物取引にまつわる事件はなじみが薄いと思いますが、当事務所の業務内容の紹介も兼ねて掲載します。4回シリーズですが、興味ある方は続編もご覧ください。それから、小島さんはもちろん架空の人物です。

署名で検察は動くのか

前回の続き。

兵庫県加西市で、月食を観に行った小学生の兄弟が、酔っ払い運転のトラックにはねられ死亡しました。神戸地検がこの運転手の男性を、自動車運転過失致死罪(7年以下の懲役)で起訴したところ、遺族の方が、より重罰の危険運転致死罪(20以下の懲役)の適用を求めて署名運動し、検察側はそれを受けて、危険運転致死罪に訴因変更(起訴した罪名を変える手続き)をしたそうです。

危険運転致死罪と自動車運転過失致死罪の境目は微妙で、福岡の3児死亡事故で最高裁は危険運転致死罪の適用を認めたことは記憶に新しいと思います。それについては過去の記事を参照。

私だって、息子が酔っ払いのおっさんの車にひかれて死んだら、その運転を重罰に処してほしいと考えるでしょう。しかし、今回の経緯については、2つの疑問を禁じえません。

 

一つは、署名をした人たちが、どこまで本気であったのかということです。

前回、私は自分自身で考えた文書でない限り、自分の名前を署名する気にはなれないと書きました。それは、文書に署名するということは、その内容について責任を負うことを意味するからです。

今回、危険運転致死罪の重罰を積極的に適用せよ、という声明書に署名した人は、それが自分自身にはねかえってくる可能性についてきちんと考慮したのでしょうか。

危険運転致死罪は、酔っ払い運転でなくても、速度を上げた際や、車線変更をした際に事故を起こしたときにも適用される可能性があります(詳細は上記の過去の記事へ)。

自分自身がそういう状況で事故を起こしたとき、警察や検察から「あなたはかつて危険運転致死罪の適用を広く求める署名をしたではないか、だからあなたも重罰に処されても文句はないでしょ」と言われかねないことをしているわけなのですが、そこまでの覚悟をして署名した人が、果たしてどれだけいたのか。

 

もう一つは、検察が何罪で起訴するかという判断が、署名活動によって決められることへの疑問です。今回の訴因変更の理由は、署名活動がすべてではなかったと思いますが、それでも重要な要素の一つにはなったはずです。少なくとも世間はそうみたでしょう。

もちろん検察は、起訴するかどうか、どの条文を適用するかという判断において、被害者の感情を充分にくみ取ることが求められます。しかし今回の件で、署名活動は被害感情の表現の有力な手段となるという先例を作ったわけです。

私の知る限り、多くの被害者は「犯人は憎いけど、その裁きは検察官や裁判官に委ねて、裁判の動きを静かに見守ります」という態度を取ります。そういう方々に「私たちも署名活動をしなければ軽く扱われてしまうのか」という、不必要なプレッシャーを与えることになるのではないかと懸念します。

また、署名活動で検察の判断が変わるのなら、容疑者側の身内は「あいつは本当はいいやつだから罪は軽くしてやってくれ」という減刑嘆願の署名を集めることになり、署名合戦に発展するかも知れない。このようにして、署名の多い少ないで罪の軽重が決まるとなれば、誰でもおかしいと感じるでしょう。

 

私は、今回の事故は悪質だし、このケースでは危険運転致死罪の適用でも良いと思っています。しかし、今回のような運用を一般化するのは非常に疑問であると感じます。

募金と署名はお断りしています

もう何年も昔の話ですが、千日前を歩いていたら、小さい西洋人の女の子が寄ってきて、きれいなポストカードのようなものを手渡されました。私がそれを受け取ると、女の子はもう片方の手で募金箱らしきものを出して私の前に突きだしました。

私はその女の子に、「申し訳ないが私は趣旨のよくわからない募金には一切応じないことにしているのです」という旨のことを懇々と説いてあげたのですが、日本語だったのでさすがに理解しかねたようです。ただ「このおっさんカネ出さんな」ということは分かったらしく、私の手にあったポストカードを取りあげて去っていきました。

どういう人たちのどういう募金活動だったのか、今でもわかりませんが、かわいい金髪の女の子が寄ってきて、しかもポストカードまで受け取ってしまったら、断りにくい人も少なからずいるでしょう。

 

これはつい先日の話ですが、休日、自宅近くのスーパーに妻子とともに買い物に行き、スーパーを出たところで、やや年配の男性から、原発のナントカで署名をお願いします、と言われました。

このときも私は「いえ何であれ署名はお断りしていますので」と言って断りましたが、スーパーの周りには何人か、同じように署名用紙をもっている人々がいて、署名に応じている人もいました。家族連れで休日の買い物に来ていて、突然、複数の男性から署名を求められたら、これまた、断りにくいかも知れません。

たぶん、原発を止めよう、と考える方々が署名を集めているのだと思うのですが、私自身は原発でも、飛行機や車でも、科学技術には何らかのリスクを伴うものであり、多数の人の生活の利便性のためには、そのリスクとつき合っていかないといけないと考えています。少なくとも、多数の署名が集まったからといって「じゃあ原発は止めましょう」と言っていいような性質のものでもないと思います。

 

そういう議論はともかくとして、私は基本的に署名活動には応じないことにしています。たとえばこのブログは私の実名で公表していますが、そうである以上、大した内容ではないながら、文章は一字一句、私が考えています。もちろん、弁護士としての本業で文書を作成する場合でもそうです。

そうではなしに、突然、見も知らぬ他人に文書を見せられて、あなたの考えもこれと同じでしょ、だったらサインしてくださいね、と言われても、普通に考えて、そんなものにサインする気にはなれません。

 

かわいい金髪の女の子に迫られても、おじさん達に囲まれても、募金や署名は断れる程度の神経を持っていて良かったな、と私は思っています。

署名といえば、兵庫県加西市で酒酔い運転で子供2人を死なせた男性が、署名運動の結果(かどうか分かりませんが)、自動車運転過失致死罪から、より重罰の危険運転致死罪での起訴に変更されたという記事があったので、それを書こうとしていたのです。今回は完全に雑談で終わってしまいましたが、次回に続く。