暴力被害相談3 民事裁判

大阪簡裁の法廷にて、市川鯛蔵の民事裁判、第1回口頭弁論。

 

裁判官「原告の市川さんの訴状を陳述します。暴力を振るわれたことの損害賠償として、50万円を払え、ということですね」

山内「はい」

裁判官「被告の伊藤さんは来ていませんが、答弁書が出ていますので。殴ったことは認めますが、お金がないので話し合いの上で、分割で賠償金を支払いたいとのことです」

山内「はい」

裁判官「では、次回は話し合いを試みてみましょうか。次回期日は…」

 

その後、大阪簡裁の控室にて、市川鯛蔵・真於夫妻と。


市川「今日の手続きはあれで終わりなんですか?」

真於「私たち夫婦もいつ発言を求められるかと緊張して見てたのですけど、あっさりしたものですね」

山内「はい。民事裁判の第1回目はあんなものです。ですから傍聴に来ても面白くはないって言ったでしょ」

市川「被告の伊藤は出てこなかったですよね、こんなの認められるんですか?」

山内「民事裁判の第1回は、被告の都合を聞かずに日時が決められるので、第1回目は答弁書だけ出しておけば良いという扱いになっているんです」

市川「で、伊藤はなんて言ってるんですか」

山内「法廷で聞いてもらったとおりです。殴ったことは認めると。ただ、何十万も支払えるお金がないので、話し合って、分割払いにしてほしいということです」

市川「私としては、払うべきものはきっちり一括で払ってほしいので、話し合いなど応じたくはありません」

山内「まあ、そこは現実的に考えてください。裁判に勝っても、賠償金を支払う財力が相手にないなら、取立てはできないですよ」

市川「私が鶴橋のホルモン焼き屋で見かけたときは、高そうな肉を注文してましたけどねえ。賠償金を払う余裕もないとは思えないんですが」

山内「そこがまさに肝心なところなのですが、お金を持っているはずだというのであれば、どこの銀行に預金があるとか、どこの会社から給料をもらっているとか、そういったことをあなたが特定しない限り、取立てはできないんです」

市川「え、そういうのは、裁判所や弁護士さんが調べてくれるわけじゃないんですか」

山内「残念ながら、裁判所や弁護士にそんな能力や権限はありません」

真於「あのぉー、そしたら、せっかく裁判で勝ったのに、実際に被告から回収できるお金は、ゼーロー、ってこともあるんですか?」

山内「ええ、可能性としてはありますね。ですからその、ゼーロー、って何なんですか」

市川「いいから真於は黙ってなさい。わかりました。実際お金が取れるか取れないかわからない判決をもらうくらいだったら、少しずつでも返してもらったほうが賢い、ってことですね」

山内「そういうことです」

市川「わかりました。次回の裁判も出席しますので、よろしくお願いします」

山内「はい。相手の出方を見て、落としどころを考えていきましょう」


続く 暴力被害相談4

暴力被害相談2 加害者の住所がわからないとき

市川鯛蔵 2回目の相談

 

山内「こんにちは。おや、今日はおひとりですね。ケガの具合はどうですか」

市川「はい、ほぼ治りました。幸い謹慎にならずに済んで、公演にも出ています」

山内「よかったですね。ところで、今日はえらく荷物が大きいですね」

市川「舞台の衣装が入ってるんです。それから演技の勉強をしようと思って、でんでんタウンで中古のDVDを買いこんできたんです」

山内「勉強熱心ですね。大衆演劇の参考になるような作品があるんですか」

市川「(DVDのパッケージを取りだしつつ)先生これご存じですか?『赤城の山も今宵限り』ってやつ」

山内「ああ、『名月赤城山』ですか。国定忠治の話ですね…って雑談はともかく、その後、何か進展はありましたか」

市川「私を殴ったヤツですけど、略式とかで罰金を払って出てきたみたいです」

山内「略式起訴ですね。書類審査だけで裁判して、罰金を納めて終わり、というやつです」

市川「では、私は今後どうすればよいですか」

山内「民事訴訟を提起して賠償を求めることになります。相手の住所氏名はわかりますか」

市川「名前は確か伊藤といいます。住所はわからないのですが」

山内「刑事裁判は終わっているので、事件記録を取り寄せできます。それで相手の住所もわかるでしょう」

市川「そうですか。弁護士さんに依頼するとしたら、弁護料はどれくらいですか」

山内「ざっと見て10万円前後でしょうか」

市川「請求できるのは30万くらいって話でしたよね。その割には、費用は安くはないのですね」

山内「ええ、1億円を請求するのも、30万円を請求するのも、弁護士の手間としてはそんなに変わらないので、お安くできるのにも限度があるんですよ。ご理解ください」

市川「わかりました。先生にお願いしますので、今後の手続きを教えてください」

山内「あなたの委任状をもらえれば、私のほうから検察庁に事件記録の開示を求めます。これらの記録に基づいて被害状況を明らかにして、訴状を裁判所に提出します」

市川「裁判は勝てそうですか」

山内「罰金刑の有罪判決を受けているのですから、暴力を振るった事実は否定できないでしょう。裁判に負けることはまず考えられません。あとは裁判所がどれだけの賠償額を認めてくれるかです」

市川「30万円を請求するんでしたよね」

山内「まあ、訴えるときは、少し多めに見積もって請求することが多いですけどね。裁判所が多めに認めてくれる可能性もなくはないので」

市川「だったら、いっそ1000万円くらい請求してやったらどうですか。相手もびっくりしますよ」

山内「それは構いませんが、訴状に貼る印紙代は実費をいただきますよ」

市川「と、言いますと?」

山内「請求額に応じて訴状に印紙を貼らないといけないんです。1000万円請求するなら、印紙代は5万円、別途かかります」

市川「それはちょっと痛いなあ」

山内「50万円の請求なら、印紙代は5000円です。これくらいでいいんじゃないですか」

市川「そうですね。わかりました。よろしくお願いします。では、今日も稽古がありますので今日はこのへんで」

山内「あ、DVDが落ちましたよ…何ですか、『美少女仮面ポワトリン プレミアムDVDボックス』って。こんなの買いあさるために今日は奥さんを家に置いてこられたんですね」

市川「そんなことは…ありません。女形の勉強のためなんですよ。じゃ、じゃあ、失礼します」


続く 暴力被害相談3

 

暴力被害相談1 賠償金額の算定

相談者 市川鯛蔵(30代、劇団員)、妻・真於(30代、主婦)

 

山内「はじめまして、弁護士の山内です」

市川鯛蔵(以下「市川」)「市川です」

市川真於(以下「真於」)「妻の真於です」

山内「あれ、ご主人、目がえらく赤く腫れてますね」

市川「そうなんです。殴られたんですよ。そのことで相談に来ました」

山内「暴行を受けたわけですね。そのときの状況をお聞きしましょうか」

市川「それが、私も酔っててよく覚えていないんですが、先週、鶴橋のホルモン焼き屋で飲んでて、他の客のグループとトラブルになったんです」

山内「ケンカですか」

市川「いえ、私は一切手を出していないんです。ただ、一緒にいた友人の話では、私が灰皿にホルモン焼きを入れて、隣のグループ客に『食え』って言ったらしいんです」

山内「なんでまたそんな、もったいないことを」

市川「そのへんは覚えていないのですが。すると隣のグループにいた大柄な男が、怒って殴りかかってきたんです。警察が来るまでに3発は殴られました」

山内「そうですか。あなたの悪ふざけがきっかけとはいえ、向こうから手を出してきたのであれば、向こう側の責任と言えるでしょうね。ケガの程度はどれくらいですか」

市川「医者に全治2週間と言われました。殴った相手に責任を取ってほしいんですが、こういうとき、賠償金はいくらくらい請求できますか」

山内「病院の治療費は実費を請求できます。あと、ケガのために仕事を休まざるをえなくなった場合は、休業損害を請求できますが、あなたの職業は何ですか」

市川「劇団に所属していて、大衆演劇に出ています。ですから、目や顔が腫れていると困るんです。役を降ろされると日給が入らないんですよ。これも請求できますよね?」

山内「あなたの役は何ですか」

市川「えーと、『侍その3』です」

山内「チョイ役じゃないですか。顔も白塗りしておけば、ケガも目立たないはずだし、休業損害が認められるかどうかは微妙ですね」

市川「それだけじゃなくて、うちの劇団の団長からは、無期限謹慎とか解雇とか言われているんです。そうなると収入がずっと得られなくなるんですよ」

山内「それはあなたの日ごろの行ないのせいでそうなったわけですからねえ…。解雇が不当というのであれば、むしろ雇い主を訴えるべきことになります」

真於「あのぉー、妻の私も、精神的に苦痛を受けているんですよ。私のお腹には赤ちゃんがいるんですけど、こんな時期に主人がケガをさせられて、不安で不安で。私のほうから相手の方に慰謝料は請求できるんですか?」

山内「不安なのはわかりますが、直接の被害者以外の人が慰謝料を請求できるのは、被害者が死亡したか、それに近いほどの重傷を負った場合に限られているんです」

真於「じゃあ、私が請求できる金額は、ゼーロー、ですか?」

山内「はい、ゼロです。残念ながら。何ですか、ゼーロー、って」

市川「まあ、真於は黙って聞いてなさい。じゃあ私自身の慰謝料はどうなりますか」

山内「通院を余儀なくされたことについての慰謝料は請求できます。交通事故などで使われる弁護士会基準というのがあって、それをもとに算定します」

市川「全治2週間なら、いくら取れますか」

山内「(算定表を見ながら)えーと、入院なし、通院1か月として、27万円ですから、2週間の通院で完治したら、その半分の13万か14万円くらいでしょうね」

市川「そうすると結局、私が相手に請求できるのは…」

山内「治療費などをあわせて、20万円くらいでしょうか。故意の暴行であるという悪質性を重視すれば、もう少し上乗せして30万円くらい請求できるかも知れませんが」

市川「安いものですね」

山内「後遺症があれば慰謝料はハネあがりますが、2週間で済んで幸いというべきですよ」

市川「わかりました。今日は劇団の稽古があるのでいったん失礼します。ご依頼するかどうかは、妻と一緒に考えさせて下さい」

山内「結構ですよ。ケガが治ったころにでもまたお越しください」


続く 暴力被害相談2

相続相談4(完) 調停による解決方法

大阪家庭裁判所調停室にて。田中良翁さん第2回調停

 

調査官「前回の調停の後、トキさんから相続分を放棄する旨、書面が提出されました。カイオウさんからは、今月末までに2500万円を振り込んでもらうことを条件に、不動産をラオウさんのものにすることを受託する旨、書面で回答がありました」

山内「よかった。これで調停成立ですね」

裁判官「裁判官の風野飛雄偉(かぜの・ひゅうい)です。それでは調停条項を確認します。第1に、田中ラオウさんは、東大阪の土地建物を単独で取得する。第2に、田中ラオウさんは、その代償として2500万円を田中カイオウさんの指定口座に今月末までに振り込む。第3に、田中トキさんは、遺産を何ら取得しない。これをもって、田中亀六さんの遺産に関する問題はすべて清算する。以上で間違いないですか」

田中「結構です。ありがとうございました」

 

同日、南堀江法律事務所にて。

 

田中「このたびは本当にありがとうございました。山内先生のおかげで、話が早くまとまりました」

山内「いえいえ、亡き亀六さんの遺産を守るために理解を示してくれた、カイオウさんとトキさんにこそ、お礼を言ってあげてください」

田中「あの、それで今後はどういう手続きになりますか」

山内「東大阪の不動産はあなたの名義にできますから、登記手続きは司法書士さんを紹介します。あと、信用金庫には今回の調停調書の写しを持っていって、カイオウさんの口座にお金を振り込むよう、手配してください」

田中「わかりました。あと、弟のトキなんですけど」

山内「はい、何か」

田中「土地も建物も、すべて私の名義になるわけでしょう。トキがそこに住んでいることは問題ないのですか」

山内「ええ、所有者であるあなたが承諾している以上、何の問題もありません。あなたの所有する建物の離れの部分を、トキさんに無償で貸してあげているという状態で、法的に言えばトキさんは使用貸借(しようたいしゃく)という権利に基づいてそこに住めることになります」

田中「なるほど、それなら安心しました」

山内「本当は、無償で貸すというのも、将来的にはトラブルのもとなんですけどね。ただ、不幸にもトキさんは、先が長くないようなので…」

田中「ええ、もちろん、トキが生きているうちは、静かに住まわせてやりますよ」

山内「ただ将来のことはわかりませんよ。ガンの治療も進歩しているようですから、もしかしたらトキさん、長生きされるかも知れないし、結婚して子供ができるかも知れない。そうなると、いずれ離れの部分の居住権について、トラブルが生じる可能性はゼロではないと思います。本当に、土地は分筆しなくても良いですか」

田中「はい。トキのやつが長生きしたら、むしろ嬉しいことですし、その後のことはそのときで考えます」

山内「じゃあ、土地家屋調査士さんに杭を打ってもらわなくても結構ですね」

田中「結構です。我が生涯に一片の杭なし!」

山内「…はいはい。では、私の委任事務は終了です。あとはトキさんを労わってあげてください」

田中「どうもお世話になりました」

 

(了)

相続相談3 相続人の協力が得られない場合は

大阪家庭裁判所調停室にて。田中良翁さん第1回調停。

 

調停委員「こんにちは。調停委員の雲野十佐(くもの・じゅうざ)といいます」

田中「田中ラオウです。この度はお世話になります」

山内「代理人の山内です。よろしくお願いします」

調停委員「田中ラオウさんから遺産分割調停の申立てを受けまして、呼出状を相続人のカイオウさんとトキさんに送付しました。その後の状況について、家裁調査官の海野理博(うみの・りはく)さんからご報告いたします」

調査官「調査官の海野です。弟のトキさんから、裁判所に文書で返答があったんです。相続のことは、兄のラオウさんに一任すると。私のほうからトキさんのご自宅にお電話して確認しましたところ、兄のラオウさんのいいようにしてほしい、場合によっては私の相続分は放棄してもいいと、こうトキさんはおっしゃいました」

山内「そうなんですか。田中さん、今のお聞きになりました? あれ、田中さん、泣いておられます?」

田中「ぐ……」

山内「どうしたんですか?」

田中「今朝、裁判所に向かうときに、母屋の前でトキと会ったんです。トキは確かに、私の相続分は要らないから、カイオウ兄貴といいように分けてくれと言ったんです」

山内「なぜトキさんは、そんなに欲がないんでしょう」

田中「ええ、それで私も聞いたんですよ。『うぬは何故に、相続分を要らぬと言いおるか!』って」

山内「あのーすいません、あなた兄弟の間じゃ普段そういう話し方なんですか」

田中「え、ええ、まあ…。で、トキが言うには、ガンが発見されたと。あと半年か1年くらいの命なんだそうです」

山内「え…」

調査官「ああ、そうなんですか…。トキさんにはお気の毒ですが…。でも手続きは進める必要があります。トキさんも生きておられる以上は相続権がありますので、本当に相続分が要らないのであれば、相続分放棄の申出書というものにサインしていただく必要があるんです」

山内「あと、カイオウさんはどうなりましたか」

調査官「それが、返答がないんですよ。お勤め先の旅館に電話したのですが、取り次ぎを拒否されているようで、電話に出てくれないんです」

田中「裁判所から呼出しをしてもらってもダメですか。じゃあ、どうしようもないんですかね」

調査官「いえ、先日は呼出状を送付しただけですが、今度は、具体的な遺産分割案を踏まえて、文書で提案してみます。あなたにはこれだけの取り分があるから、承諾してくれれば、家庭裁判所に来なくても、取り分を与えますよと」

田中「え、どういうことですか」

山内「つまり、お父さんの遺産は、不動産が2000万円、預金が3000万円でしたよね。トキさんが相続分を放棄すれば、この総額5000万円をあなたとカイオウさんで分けることになります。あなたは不動産を取って、預金は500万円だけ取る。残り2500万円の預金はカイオウさんにあげる。そうすれば、2人とも取り分は2500万円ずつで平等になります」

調査官「そうです。それを文書で提案するのです。カイオウさんがこれを受託する書面にサインしてくれれば、遺産分割調停は成立となります。そうすれば不動産はあなたのものになって、あなたの名義に登記することも可能となります」

田中「なるほど。2500万円を与えると聞けば、普通はほっておかないでしょうからね。でもうちの兄は気難しいやつですし、それでもなお無視してくれば、どうなるんでしょうか」

調査官「裁判所の度々の呼びかけにも応じない場合は、相続分を取得する意思なしとみて、カイオウさん抜きにして手続きを進めることも可能となります」

田中「ああ、そうすると、私が遺産全部を取ることになりますね。それなら、いっそずっと無視してくれてもいいなあ」

山内「まあ、そんな都合よくは行かないでしょうけど。でもこれで方針は決まりましたね。裁判所を通じて、トキさんには相続分放棄の申出書を書いてもらう。カイオウさんには、先ほどの提案を調停案として、裁判所から送付し、受託書面を書いてもらう、と」

調停委員「はい、ではそういうことで、第2回目の調停は、カイオウさんやトキさんの返答待ちのため、2か月ほど先にしましょうか」

田中「はい。ありがとうございます」


続く 相続相談4

相続相談2 遺産の共有とは、分割の方法は

相談者 田中良翁 2回目のご相談

 

田中「今日は父親の通帳を持ってきました」

山内「なるほど、八尾信用金庫に約3000万円の預金があるのですね」

田中「不動産については何かわかりましたか」

山内「はい、あなたが住んでおられる東大阪の土地は、登記簿によると、名義が田中亀六さんになっていました」

田中「ああ、死んだ親父の名義ですね」

山内「1つの土地の上に、建物が2つあるようですね。『付属建物』が存在すると登記されていますが、何かわかりますか」

田中「ええ、母屋と離れがあるんです。母屋には、私と妻と息子2人がいて、親父と同居してました。弟のトキは独身で、離れで一人で住んでます」

山内「固定資産評価証明書によると、土地の価格は約2000万円ですね。建物は古いので、評価額はゼロに近いです」

田中「そうすると、一体どういうことになりますか」

山内「亀六さんの遺産は、預金3000万円、不動産2000万円の、合計5000万円です。これを3人で分けることになります」

田中「どう分けるのが良いでしょうか」

山内「典型的には、あなたが母屋を取り、トキさんが離れを取る。カイオウさんにはお金を分けてあげることが考えられます。亀六さん名義の土地は、2つに区切って、それぞれ、あなたとトキさんの名義に変えるのが良いでしょう」

田中「土地を二つに分けるんですか」

山内「はい、分筆(ぶんぴつ)と言います。土地家屋調査士さんに測量してもらって、それぞれの敷地の間に境界線を引いて、杭を打っておくんです」

田中「クイ…ですか?」

山内「杭といっても大げさなものでなくて、境界線の起点に金属の鋲を目立たない形で打つだけです」

田中「なるほど。で、兄や弟は何か言ってきましたか」

山内「はい、それなんですが、トキさんからは協議に応じると、文書での返答がありました。カイオウさんは、働いておられる民宿にあてて文書を送ったのですが、今のところ返答はありません」

田中「返答がないなら、兄を無視して手続きを進めることはできませんか」

山内「いえ、それはできないですよ。現時点では、東大阪の不動産は、相続人全員で3分の1ずつ共有している状態になっています。これをあなた一人の名義に登記するためには、相続人全員が遺産分割協議書に実印を押す必要があるんです」

田中「面倒なことになるのなら、私はその共有とかいう状態で構いませんが。私ら一家も、弟も、今のまま住めるんでしょ?」

山内「確かにそうですが、あとで問題になることは多いです。もしカイオウさんが帰ってきて、俺も共有者だから住まわせろと言ってきたら、断れませんよ。それに、もしあなたやカイオウさんが亡くなったら、それぞれの奥さんやお子さんが共有権を相続しますから、トラブルの種を次の世代に残すことになります」

田中「そうかあ…。兄も淡路島で隠し子がいるとか、ウワサで聞いてましてね。じゃあウチの妻や息子とその隠し子が…」

山内「そうです。東大阪の不動産をめぐって争うことになりかねない。トキさんだって結婚して子供ができれば、将来的に相続人はもっと増えます。兄弟の多い家庭で相続問題をほうっておいたために、相続人が何十人にもなって収拾つかなくなることだって、よくあるんですよ」

田中「それはちょっと困りますね。と言っても、兄が話し合いに応じてこなければ、遺産分割協議はどうなるんでしょうか」

山内「考えられる方法としては、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てて、裁判所から呼出状を出してもらうことですね。調停が成立すれば、遺産分割協議書を作らなくてもよくなります」

田中「そうですか。わかりました。それでは、その調停というものに取りかかってください」

山内「わかりました。家庭裁判所での調停期日が決まりましたら連絡いたします」


続く 相続相談3

相続相談1 相続関係の調査

法律相談シリーズ2回目は、相続問題です。


相談者 田中良翁(40代、自営業)

 

山内(相談者シートを見ながら)「初めまして。えーと、これは、田中ヨシオさんと読むのですか?」

田中「いえ、田中ラオウです」

山内「そうですか、失礼しました。さて今日のご相談は」

田中「相続のことなんです。父親が先月に亡くなったので、今後の財産わけについてお聞きしたいんです」

山内「そうですか。お父さんの相続関係についてお聞きしますが、あなたのお母さんや兄弟の構成はどうなっていますか」

田中「母はずいぶん前に亡くなっています。兄弟としては、兄と弟がいます」

山内「そうすると、相続人はあなたたち兄弟3人ということになりますね。遺言書はありましたか」

田中「いいえ」

山内「お父さんの遺産にはどんなものがありますか」

田中「東大阪市にある自宅と、地元の信用金庫に預金が何千万かあるはずです」

山内「ではその不動産と預金を分けることになりますね。あなたたち兄弟が3分の1ずつの法定相続分を持ちますが、3人で遺産分割協議をして分配方法を決めることもできます。ご兄弟と協議はされましたか」

田中「いや、それが、話し合いできる状況じゃなくて、まだ何も進んでいないんです」

山内「ほう、連絡は取れないんですか」

田中「兄は遠くにいて、長らく音信不通です」

山内「えーと、そのお兄さんは何と言うお名前ですか」

田中「田中カイオウです。海に翁と書きます」

山内「カイオウさんはどうして音信不通なんですか」

田中「20年前に、俺は強い男になるために海を渡るんだと言って、出ていってしまったんです」

山内「ほう、では今、どこにいるかわからないんですか」

田中「いえ、淡路島で民宿の手伝いをしているんですけどね」

山内「はあ…瀬戸内海を渡ったんですか」

田中「はい、『料理民宿 しゅらの国』という宿で働いているということだけはわかっています」

山内「それから、弟さんは何オウさんですか」

田中「いや、田中トキといいます。登るに輝くと書きます。東大阪で、私の隣の家に住んでいるので、連絡は取れるのですが、病気がちなもので、あまり話しあいの場には出てきたがらないんです」

山内「そうですか。だいたいの事情はわかりました」

田中「私、相続でどれだけ取れるんでしょうか」

山内「いや、遺産総額がいくらになるかまだ把握できていませんし、他の兄弟の方が遺産分割協議に応じてくれるかどうかで、今後の方向性も変わってくると思いますので、今日の段階ではいくらとも言えません」

田中「私には難しいことはわかりませんので、すべて先生を通じてお願いしたいと思っているのですが、今後私は何をすれば良いでしょう」

山内「では私のほうで、東大阪の不動産の権利関係や評価額を調べてみます。あとは、お父さんの預金額がどれくらいか知りたいのですが、預金通帳は誰が管理しているのですか」

田中「私です。兄が家を出てから、私が父と同居しておりましたので。通帳は自宅のタンスにあるはずです」

山内「では、不動産は私が調べますから、次回までにお父さんの通帳を揃えておいてください。あと、私のほうから、カイオウさんとトキさんに、遺産分割協議に応じてくれるよう、文書で要請してみます。1か月もあればおおよそのことは判明するでしょうから、そのころにまたお越しください」

田中「わかりました。よろしくお願いします」


続く 相続相談2

離婚相談4(完) 離婚調停

大阪家庭裁判所 調停室にて。

裁判官「では、申立人である妻・エリカさんと、相手方である夫・ツヨシさんの離婚調停について、本日合意が成立した内容を読み上げます。

エリカさんとツヨシさんは本日をもって調停離婚する。ツヨシさんはエリカさんに対し、慰謝料として金100万円、財産分与として金150万円を支払うこととし、本年10月末日までにエリカさんの口座に振り込む。……」

 

家庭裁判所前の歩道にて。

エリカ「先生、どうもありがとうございました。1回の調停で話がついてホッとしました」

山内「意外に早く終わりましたね」

エリカ「慰謝料はちょっと値切られたかな、という気もしますけど」

山内「まあでも、裁判になれば、例のラブホテルの写真を提出して、ドロ沼みたいな話になったでしょうから、その負担を考えると、合理的な範囲の数字だと思います」

エリカ「そうでしょうね。私の友達でも、夫に資産が全くなくて、1円も取れなかったという人もいるんで、それを思うとずいぶん良かったです」

山内「ご主人、いや、もう『元』ご主人ですけど、それなりに真面目に新聞配達の仕事をしておられたんでしょうね。不倫は感心しませんけど」

 

後ろからバイクのエンジン音。

ツヨシ「おーい、エリカ~」

エリカ「あら、ツヨシ」

ツヨシ「先生、エリカとちょっとしゃべっていいかい?」

山内「構いませんよ。どうぞ」

ツヨシ「エリカには迷惑かけたなって、それだけ謝りたくてな。それと、これからがんばれよ」

エリカ「うん。あなたもがんばって新聞配達してね」

ツヨシ「いや、俺はもう新聞配達をやめることにしたよ」

エリカ「え、これからどうするの?」

ツヨシ「友達のツテで、スペインに行くことにしたんだ」

エリカ「スペインで何するの?」

ツヨシ「パエリア屋を開くんだ。『ハイパー・パエリア・クリエイター』になって、いつか日本に凱旋するよ。エリカもさあ、実家に帰るくらいだったら、しばらく俺の家にいてくれていいぜ。じゃあな」

ドドドド…と遠ざかるハーレーのエンジン音。

山内「……」

エリカ「……」

秋の風。

 

山内「スペイン人が日本に来て寿司屋をやるようなもので、到底うまくいくとは思えないんですけどね…」

エリカ「いつもああいう、地に足のつかないことばかり言ってたんです、彼。でももう、私がとやかく言う立場にもないですし…」

山内「スペインに行く前に、きちんと慰謝料を振り込んでくれればいいんですけどね」

エリカ「もし振り込んでくれなかったら、どうなるんですか」

山内「先ほど裁判官が読み上げた調停条項が、後日、調書になります。これは判決と同じ効力を持つので、お金を払ってくれなければ差押え手続ができます。元ご主人は家を持っておられますから、最悪、その家を差し押さえて競売にかけることになるでしょう」

エリカ「そこまで悪い人じゃないと思うんで、信じて待つことにします」

山内「それともう一つ、今日をもって離婚は成立したことになりますが、市役所にはこのことを届け出る必要があります。調停調書はエリカさんのところに郵送されますから、それを役所の窓口に持参してください」

エリカ「わかりました。手続きは以上ですか。他に何かすべきことはありますか」

山内「別に…。これからは新たな人生をお過ごしください。また新たな幸せをつかまれることを、祈っております」

エリカ「ありがとうございました」

 

(了)

離婚相談3 請求すべき内容と請求方法

相談者 エリカ 相談3回目

 

エリカ「今日は夫と私の源泉徴収票を持ってきました」

山内「なるほど、ご主人の年収は200万円、エリカさんは…250万円。エリカさんのほうが多いんですね」

エリカ「この状況で離婚したら、いくらくらい取れるんでしょうか」

山内「まず慰謝料ですが、これは離婚原因を作ったほうが支払います。ご主人の不倫が離婚原因だと認められれば、だいたい200万円前後は払ってもらえることになるでしょう」

エリカ「他に何かあるんですか」

山内「財産分与ですね。これは結婚後、2人で築いてきた財産を分けるという趣旨です。結婚してから、お二人で貯めてきた預貯金はどれくらいありますか」

エリカ「私のお給料は生活費で消えるんですが、主人は300万円くらいは貯めていたと思います」

山内「すると単純に考えて150万円ですね」

エリカ「家はもらえないのですか?」

山内「たしかご主人の両親が買ってくれたってことでしたよね。その場合はあくまで、夫が親からもらったものであって、夫婦で築いた財産とはいえないので、分与の対象になりません」

エリカ「じゃあ、ハーレーのバイクはどうなりますか。あれは結婚後に夫が貯めた給料で買ったんです」

山内「それは分与の対象ですね。ご主人がバイクを取るなら、代わりに、バイクの現在の時価の半額相当を、お金で払ってもらうことになります」

エリカ「今後、どうやって請求していけばいいんですか」

山内「お聞きしている限り、協議離婚は難しそうですから、家庭裁判所へ離婚調停を申し立てることになるでしょう」

エリカ「そうですか。でも一つ、気になることが」

山内「何ですか」

エリカ「前回のご相談のあと、夫に離婚調停を考えていることを伝えたんです。そしたら夫が、そんなことをしたら友人のスペインの弁護士に依頼して、スペインの裁判所で慰謝料請求の裁判を起こすとか言い出したのですが」

山内「は? よくわかりませんが、ほっておけばよいでしょう」

エリカ「私、スペインで訴えられたらどうなるんでしょう」

山内「どうともなりません。スペインの裁判所で判決が出たところで、日本国内では何の効力もありませんから。安心して日本の家庭裁判所で手続きを進めてください」

エリカ「私も弁護士をつけたほうがいいでしょうか」

山内「離婚調停の手続きは難しくはないので、弁護士なしでやる人も多いです。申立ての書式は裁判所のホームページからダウンロードできますし、必要な費用は、裁判所にもよりますが数千円程度です。弁護士を依頼すると、30万円くらいは着手金として必要になりますから、よく検討なさってください」

エリカ「弁護士をつけたほうが有利になりますか」

山内「家庭裁判所では、中立の立場の調停委員がついて双方の話をよく聞いてくれるので、弁護士がついてなくても、一方的に不利な内容の離婚をさせられることは、まずないと思います」

エリカ「じゃあ、弁護士に依頼するメリットは何かあるんですか」

山内「安心感でしょうね。調停の場に同席できるのは弁護士だけですし、その上で、相手方の主張が正しいのかとか、妥協すべきか裁判に持ち込むべきかとか、状況に応じてアドバイスを受けることができるので。離婚という人生の重大局面で、その安心感があるというのは、大きなメリットだと思います」

エリカ「わかりました。山内先生は誠実そうなお人柄なので、正式に依頼することにします」

山内「はい、お受けします。調停を通じて、ご主人に対し、離婚と、慰謝料・財産分与の支払いを求めていくことにしましょう。他に何か、ご主人に求めたいことはありますか」

エリカ「別に…」

山内「そうですか、わかりました。ああ、ついでに申しますと、家庭裁判所で調停委員さんに向かって『別に』とか言わないほうがいいと思いますよ」

 

(続く) 離婚相談4

離婚相談2 裁判離婚の原因とは

相談者 エリカ、2回目のご相談

 

山内「こんにちは。前回に引き続きのご相談ですね。その後いかがされましたか」

エリカ「夫に離婚したいと言ったんですけど、夫は、『僕はエリカを離したくない、エリカは悪い黒幕にだまされているんだ』っていうんです」

山内「はあ、よくわかりませんが、とにかくご主人には離婚意思はないのですね。離婚条件の話をする前に、まずは離婚を認めさせることから始めないといけないですね」

エリカ「どうやったら離婚を認めさせることができますか」

山内「離婚の方法には、まず協議離婚、さらには家庭裁判所の調停離婚、最終的には裁判離婚があります。相手が離婚に反対なら協議離婚は無理です。家裁の調停も、相手がノーといえば成立しません。裁判離婚を視野に入れないといけないですね」

エリカ「どうすれば、裁判離婚できるのですか」

山内「夫婦の一方が離婚に反対していても、裁判所の判断で離婚させてしまえるのが裁判離婚です。それだけに、よくよくの事情が必要です」

エリカ「どんな事情があれば良いのでしょうか」

山内「民法770条に5つ書いてあるんですがね、1つめは『不貞行為』、いわゆる不倫です。2つめは『悪意の遺棄』、肉体的または精神的虐待ですね。3つめは3年以上の生死不明、4つめは強度の精神病、5つめは、これらに匹敵するくらいの『婚姻関係を継続しがたい重大な事由』のあるときです。ちょっと難しい用語が出ましたが、分からなかったところはありますか」

エリカ「別に…」

山内「では続けます。いま申し上げたような離婚原因が思い当たりますか。たしか前回のご相談では、仕事をよくサボるということでしたよね。家計が苦しいのに仕事もしないのなら、婚姻を継続しがたい事由にあたるかも知れません。そういえば、お子さんはおられるんでしたっけ」

エリカ「いえ、いません。それに、夫の両親に買ってもらったマンションに住んでるので、生活が苦しいってほどではないんです」

山内「そうすると、他に何か、裁判離婚原因になるような事情はありますか」

エリカ「前回の先生のお話を聞いて、証拠を集めておいたんです。うちの主人、どうも他の女性とデキてる気配があったので、こないだ、夜に外出したときに尾行したんです。そしたら…」

山内「何かあったのですか」

エリカ「この写真、見てください。ホテルに主人と他の女が入る現場写真が撮れたんですよ」

山内「ほう…ホテル『やんちゃなピエロ』ですか。まあ明らかにラブホテルですね。よく興信所にも頼まず、ご自身で撮影されましたね。これは強力な証拠になりますよ」

エリカ「いや、私も情けなかったです。あまりに腹が立ったので、夫にこの写真を見せて問い詰めたんです。そうしたら、この女はただの友人で、ホテルには映画を観るために入っただけだと。そんな言い訳が通用するんですか」

山内「いや、それは通用しないでしょう。大人の男女がその手のホテルに入って、することは一つですよ。不倫した、つまり肉体関係を持ったという推定が働きます。映画鑑賞のために行ったと言うのであれば、どうして映画館でなく、こともあろうに『やんちゃなピエロ』に入ったのか、合理的な説明がされないことには、ご主人は裁判上不利になるでしょう」

エリカ「じゃあこれは、裁判離婚の材料になりそうですね」

山内「そうですね。ただ、順序としては、まずは離婚調停を行なわないといけないことになっているんです。そこで、離婚をするかしないか、離婚条件をどうするか、といったことを話し合うことになります。ですから、ご主人の資産や収入など、そういった資料を、次回のご相談のときにでも持ってきていただけますか」

エリカ「わかりました」


(続く) 離婚相談3