当ブログの1年を振り返る

早いもので今年も残すところ1日半です。皆さまの1年はいかがでしたでしょうか。

ここで、自分自身の1年を大げさに振り返ろうというつもりもないですが、当ブログのこの1年を、データに基づいて回顧してみます。

管理人用のページで、今年の1月1日から今日12月30日の朝までのアクセスについて、見てみましたところ、総訪問者数はのべ49,706人、ページビューではのべ94,758ページをご覧いただきました。

 

このサイトに来られた方の検索キーワードのトップ3は以下のとおりです。

1位は、普通ですが「山内憲之」で、832件。

ちなみに、同姓同名の医師が宮崎県におられるので、誰かが宮崎の山内医師のことを調べようとしても私の拙文ばかり出てくるわけで、申し訳ないなあと思っていたのですが、今年、Facebookでその山内憲之さんから友達申請が来まして、とても嬉しかったです。

2位は、「司法試験 勉強法」で777件。

私が司法試験予備校講師を兼業していたころに書いたもの(これ)が、今でもよく参照されているようです。私のころからは司法試験もずいぶん様変わりし、どこまで役立つのかは分かりませんが。

3位は、「弁護士 話し方 豊かな言葉」で690件でした。

ここ数年、夏から秋にかけて、この検索キーワード数が伸びるので、何だろうと思っていたら、小学校の国語の教科書で、いろんな職業の人の豊かな言葉の使い方を調べてみようというテーマがあって、それで検索が増えるのだと、とある教員の方からご教示いただきました。

 

ブログ記事のうち、今年よく参照いただいたテーマのトップ3は以下のとおりです。

1位 「豊かな言葉について弁護士が考えたこと 1」 5,558件。

去年の記事ですが、突出してアクセスが多いです。上記の教員の方のご教示により、「豊かな言葉」と書けば検索数が増えると味をしめて書いたものです。すみません。

2位 「冷凍庫写真の店員に店舗閉鎖の責任を問えるか」 1,563件。

今年、大きな問題になりました。世間一般的にも、耳目を引いたのでしょう。

3位 「市立幼稚園の民営化に反対する」 964件。

個人的な思い入れで、シリーズ記事にしましたが、ご覧下さった皆さんありがとうございました。

 

来年も引き続き、本業の片手間に、思ったこと感じたことを書かせていただきます。

では良いお年をお迎えください。

DNA鑑定と父子の関係 2(完)

前回の続き。

自分の子供だと思っていたら、DNA鑑定の結果、実の子である確率が0%だと判明したら、親は法的には何ができるのか。説明の便宜上、引き続き、大沢樹生と喜多嶋舞、その息子を例にとって進めます。

考えられるのは、前回も少し書きましたが、大沢樹生が親子関係不存在の確認を求めて訴えることです。相手は息子で、未成年ですから親権者も相手にすることになります。今朝みた「おはよう朝日です」の芸能コーナーでは、今の親権者は喜多嶋舞の母のようなので、この人が相手となるわけです。

 

従来、親子関係不存在確認の訴えは、妻が子を出生したが、夫は戦争や海外赴任で全く性交渉がなかったような場合などに起こされてきました。科学の発達により、今回みたいに、DNA鑑定というものが、この訴えのきっかけになることが増えていくのかも知れません。

手続きとしては、まずは家庭裁判所で調停が開かれ、話合いの場が持たれますが、それで収まらなければ判決が下されることになります。

大沢樹生がもしこの訴えを起こした場合、DNA鑑定という、科学的にもおそらく承認されている方法で親子関係の存在確率は0%だと言われたのですから、訴えを認めて良さそうにも思います。

これが認められると、大沢樹生と息子の親子関係は、法律上、戸籍上も切断され、子供は親権者の戸籍に入ることになります。

 

ただ、一般論として、DNA鑑定が出たから親子関係不存在を直ちに認めてよいかというと、法律実務家(裁判官や私たち弁護士)と学者の中には、慎重論を持つ人も多いようです。

今回のケースは、大沢樹生は騙されていたわけであり、翻弄される子供もかわいそうだけど、親子関係の不存在を認めてやるべきだ、と感じる人が多いのではないかと思われます。

しかし、親子関係不存在の訴えは、こういったケースばかりではありません。

 

適切な例が思い浮かばないので池波正太郎の「真田太平記」を挙げてみますが、真田家の忍者の棟梁・壷谷又五郎は、ある女性と道ならぬ恋に落ちて、子供(佐平次)ができました。又五郎は、佐平次が闇の世界に生きる忍者として育つのを嫌い、真田家の侍・向井家に引き取ってもらいます。

その後、佐平次は向井家の侍として真田家に仕え、一方で又五郎は徳川家の忍者との暗闘の末、佐平次に自分が親であると告げないまま、討死を遂げます(うろ覚えですがだいたいそんな話です)。

佐平次は向井家の子として育ち、佐平次を引き取った侍も、実の父ではありませんが、佐平次に愛情を込めて育てたはずです。

そういう状況で、この親子に全く関係のない第三者がしゃしゃり出てきて、「佐平次は向井家の子供じゃないぞ、壷谷又五郎っていう後ろ暗い忍者の子供だ、何だったらDNA鑑定をして、佐平次を向井家から追い出してしまえ!」と訴えてきたとしたら、「科学的には親子じゃないから」と認めてしまってよいかというと、疑問を感じる方も多いでしょう。

 

そういうわけで、DNA鑑定を理由に親子関係不存在確認を認めて良いか否かについては議論があるところなのですが、DNAだけでは測れない親子の絆も世の中には存在しうる、ということだけ指摘して、この程度にとどめます。

DNA鑑定と父子の関係 1

芸能ニュースネタではありますが、ちょっと興味深い話。

大沢樹生と喜多嶋舞との間に出生したと思われた男子が、DNA鑑定の結果、実は大沢樹生の子ではなかったと判明したそうです。

 

喜多嶋舞はわかっていたのだろうし、それを隠していたのもどうかと思います。大沢樹生も、かわいそうな気がするけど、なぜ今になってDNA鑑定などして、その結果を公表したのか、よくわかりません。

もちろん、大沢樹生が、直ちに親子の縁を切って、だましていた喜多嶋舞に慰謝料を請求します、と言うのなら筋は通っているけど、父としての気持ちは急には変わらない、みたいな煮え切らないことを言っていて、それなら最初から鑑定などすべきでないと感じます。

 

この2人の関係は、ウィキペディア情報によると、平成8年にいわゆる「できちゃった結婚」をし、平成17年に離婚。その際、子供の親権は喜多嶋舞が取りましたが、平成19年には大沢樹生が親権者となったとのことです。

ちなみに、協議離婚の際、親権者は夫婦の協議で決まりますが、その後、親権者を変更することもできます。ただし、変更することについての家庭裁判所の許可が必要です(民法819条)。ですから許可を得た上での親権者の変更だったのでしょう。

 

その後、大沢樹生は、自分と子供のDNA鑑定をしたところ、DNAからして親子関係が存在する確率は0%との結果が出ました。

なぜ鑑定などしようと思ったのか、また、本当の父親は誰なのか、そのへんは私は興味はないので、芸能雑誌に譲るとして、法的なところを検討したいと思います。

 

DNA鑑定は、専門の業者に頼めばやってくれます。

私も、10年ほど前、ある男性依頼者からの相談で「うちの子は絶対に俺の子じゃない、嫁が浮気して生んだ子だ」というので、親子関係の不存在を確認するための調停を家庭裁判所に申し立て、その過程で専門業者に鑑定してもらったことがあります。鑑定費用に20~30万円かかったと記憶していますが、いまはもう少し安くなったのでしょうか。

その結果はといいますと、大沢樹生の一件とは逆で、「親子である確率は99.999%」という結果が出ました。

「100%じゃないんですか?」と鑑定業者の人に聞いたら、「父親(男性依頼者)と全く同じ型のDNAを持つ人が、世界のどこかに存在する可能性があるので、科学的には100%と言い切ることはできません。100%の鑑定結果を出そうと思ったら、世界中の男性すべてのDNAを調べる必要があります」と言われました。

その男性依頼者は、鑑定結果に納得したのか、調停を取り下げました。たぶん今は奥さんお子さんと仲良く暮らしているはずです。

 

大沢樹生の「0%」という結果は、「この父のDNA型からこの子のDNA型があらわれるはずがない」ということで、これはたぶん、科学的に言い切れることなのでしょう。

寄り道が多くて長くなってしまったので、次回に続く。

性同一性障害と戸籍、そして親子 2(完)

前回の続き。

特例法に基づいて男性になった元女性(A)と、その妻の女性(B)が産んだ子(C)の間に、戸籍上の父と子の関係を認めると、最高裁は判断しました。その法律解釈については、前回書いたとおりです。

私の考えとしては、結論としては肯定的に捉えています。積極的な賛成ではなく、最高裁がそう言うんならそれでもいいか、という程度の肯定ですが。

 

たしかに、最初に聞いたときは、私も違和感を覚えました。Bの卵子と第三者の精子から産まれた子が、ABの子として戸籍に記載されるというわけですから。そんな事態は、民法が制定された戦後すぐのころには想定されていなかったでしょう。

しかし、戸籍というのは、「しょせんその程度のもの」なのです。社会の中で、誰と誰が家族・親子であるかということを公的に明らかにするための行政文書に過ぎない。

かつては、血縁(遺伝子)が実の親子関係を決める唯一の手がかりでしたが、今やそれが多様化した。平成15年に戸籍上の性別の変更を認める特例法ができたことは、家族というものの多様化を、わが国の法律が承認したことを意味する。「家族観」は人それぞれだけど、特例法が存在する以上、条文の解釈としてはそう読まざるをえない。

 

さらに突きつめると、戸籍上、子供の父親であるということ自体に、さして重大な意味があるわけではありません。

戸籍上の親子関係があるということの最も大きな意味は、親が死んだときに子供に相続権があるということでしょう。しかし実際には、嫡出子であれ私生児であれ、父親が「この子に私の財産をやる」と遺言を残せば良いわけですから、相続の上で戸籍は決定的な要素ではない。

あとは、戸籍上の親は親権を持ち、子供の住居所を指定できるとか(民法821条)、子供が商売するときに許可を与えることができる(民法6条)といったこともありますが、いまどき未成年の子供が親元を離れて丁稚奉公したり商売を始めたりすることも、まずないでしょう。

あと、親は未成年の子供が勝手に結んだ契約を取り消すことができるので(民法5条)、たとえば子供が勝手にアダルトサイトの利用契約を結んだ場合に取り消せますが、これは別に父親でなくても、母親がしてもよい。

 

このように、戸籍上の父親であるということに、取り立てて大きな意味はないのです。

父と子の絆の意味は、法律の条文や戸籍の紙切れとは別のところに存在するのです。子供にとって父親たるにふさわしい存在であるかどうかは、それぞれの父親の問題であって、その点は、血のつながった親子であれ、養子であれ、今回みたいな元女性の子であれ、変わるところはありません。

今回の最高裁の判断は、親子のあり方、特に親の値打ちはそれぞれの家族が決めることであって、裁判所としては法律に特定の価値観を持ち込まず、条文どおりあっさり適用します、と言わんとしているのであって、それはそれで一つの解釈であろうと考えています。

性同一性障害と戸籍、そして親子 1

報道等によりご存じのことと思いますが、性同一性障害により女性から男性になった人が、その妻と第三者の提供した精子により生まれた子供の「父親」となることが、最高裁で認められました。

この事案、何が問題で、今回の判断がどういう意味を持つものであるのか、少し整理してみます。

 

まず、民法には、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」(772条1項)とあります。夫婦が婚姻している間に妻が懐胎してできた子は、その夫婦の嫡出子として扱われ、戸籍法に基づいて、その夫婦の戸籍に入ります。

そして、平成15年にできた「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下「特例法」と略)によると、詳細は省きますが一定の要件を満たした人が、男性から女性に、女性から男性に、その戸籍上の扱いを変えてもらうことができることが定められています。

 

今回、元女性だった男性(Aさんとします)は、特例法により、戸籍上男性と扱われるようになったので、その相手の女性(Bさんとします)と結婚できることになります。戸籍には、Aさんが夫、Bさんが妻、と記載されます。

その後、Bさんが第三者の精子により懐妊しました。「妻が婚姻中に懐胎した子」だから、その子(Cちゃんとします)は民法772条1項によりAの嫡出子と扱われ、AB夫婦の間の子として扱われそうです。

しかし、これまで、家庭裁判所や役所の戸籍実務では、そのような扱いが認められませんでした。

たしかに、民法772条1項を単純にあてはめると、CちゃんはABが婚姻中に、Bが懐胎した子です。でも、「血縁」(最近の言い方なら「遺伝子レベル」)でいうと、CちゃんはAとBの間の子でないのは明らかです。そんなCちゃんをABの子として扱うことはできない、というのがこれまでの扱いで、結果、Cちゃんは戸籍上、Bさんの私生児として扱われていました。

 

最高裁は、Cちゃんを戸籍上ABの子だと扱うと決めたわけですが、評決は3対2だったので、きわどい判断だったと言えます。

問題は、①法律の条文をあっさり読んで、特例法で女性が男性になった、その男女が婚姻した以上、できた子供は民法772条1項により、その夫婦の子と扱うことは当然だ、と見るか、②戸籍や親子というのは、血縁を基本に成り立っており、今回のような例外的なケースを親子とは扱えない、と見るか、どちらの考え方を取るかです。

今回の最高裁の多数意見は、①の考え方を取りました。

「夫婦間にできた子はその夫婦の子だ」と定める民法は戦後長らく存在してきて、それを前提に、性別を変更して夫婦になることを認めるという特例法ができたのだから、法律の趣旨は当然、今回のようなケースが生じることを想定している、そうである以上は、法律を条文どおりあっさり適用すれば良い、そう考えたわけです。

の判断についての私の考えは、次回にでも書きます。

幼稚園民営化案、大阪市議会で否決

報道としては小さな記事でしたが、大阪市の公立幼稚園民営化案が、11月29日、大阪市議会にて否決されました。

正確に言うと、59の公立幼稚園のうち19園を廃止または民営化する議案が提出されたものの、14園については否決されたということです。残り4園は廃止が可決され、1園は認定こども園に移行することが可決されました。

実はこの結論、議決の日の少し前から、私もあるルートから聞いておりました。廃止される園の関係者には大変でしょうけど、園児が減少しており、また廃止後も園児の受入れ先があるなど、事前調整の上での結論であったかと思います。

それにしても当初、橋下市長と維新の会は、59園すべてを廃止または民営化すると言っていたので、大幅な後退といえます。純粋な意味での民営化(公立幼稚園を私立幼稚園にする)という意味では実現はゼロです。

 

私は、息子が公立幼稚園に通っているという私的な事情もあって、幼稚園民営化には反対してきました。その理由は当ブログでたびたび述べてきたとおりです。

橋下さんのことですから、公立幼稚園の関係者と、その存続を求める保護者たち(私も含めて)のことを、「民意を無視して既存の制度と既得権にしがみつく敵対勢力」として、攻撃してくることも想定していました。と言いますか、たぶん橋下さんは常套手段として、世論をそう誘導しようとしたのだろうと想像しています。

そして、大阪市では維新の会と公明党が仲良しだったので、その連立で過半数を制して、民営化の流れは変えられないだろうと、一部保護者の間では言われていました。

 

その流れが変わったのは、今年の夏から秋にかけてでしょうか。「民間でできることは民間で」という掛け声のもと、橋下市長に市政改革、教育改革をやらせてみたら、失敗続きだったのは、市民の方の記憶にも新しいでしょう。

民間からの公募で区長や校長になった人たちが、自分のやりたかったことと違うと言いだして3か月で辞めるわ(港区の公立小学校長)、セクハラするわ(東成区長)で、次々と問題を起こし始めた。

橋下さんは、校長辞任については「教育委員会のせい」と言い、区長の不祥事については「指導して現場に戻す」と言って、誰も責任を取らないまま現場の混乱だけが続いた。そんな状況で、橋下さんお得意の世論誘導ができるはずもなかったのでしょう。

 

市議会の否決を受け、橋下さんは、改めて幼稚園民営化の方針を策定し、来年2月の議会に提出する、と言っているそうです。この問題に限らず、最近の橋下さんは、「支持率が下がっても最後までやる」と言い出したようですが、「民意」を背景に権力と既存の制度を批判してきた橋下さんが、今後は民意を無視すると公言したわけです。

民意に耳を傾けようとせず、権力を行使し続けることにこだわる人のことを、世間では「権力亡者」と言いますが、この話はこの程度にさせていただきます。

 

幼稚園民営化についての話は、ここで一区切りといたします。個人的な感情の入った記事でしたが、もしお読みいただいた上で大阪市政の現状に少しでも興味を持ってくださった方がいたとしたら、感謝申し上げます。