弁護士の「負け方」を考える

誰だったか、プロ棋士のエッセイで読んだことがあるのですが、プロは負けるとわかったら、あとは「きれいな負け方」をするような手を指してから投了するのだそうです。

たしかに、プロの将棋の試合は、棋譜がずっと残されるし、投了図(勝負がついたときの盤面)は新聞や雑誌の観戦記事に掲載される。あまりに無様な負け方はできないということです。

 

どんな勝負ごとにも、負けるときの作法みたいなものがあると思います。

弁護士なら、裁判がある程度すすんでくれば、この事件は「勝ち筋」か「負け筋」か、だいたいわかります。負けが見えてきたら、弁護士の取るべき態度としては次の3種類が考えられます。

最も望ましいのは、当然ながら、主張や証拠を補足して、何とか逆転勝訴に持っていくことです。

それが無理なら、争う姿勢だけは示しておいて、一方で相手と話しあいを進め、和解に持ち込むことです。

この2つが不可能であれば、あとは、必要な主張はすべてしたということが、依頼者にも裁判官にも相手の弁護士にもわかる程度に手を尽くした上で、敗訴の判決を聞くことになります。これが弁護士なりの「きれいな負け方」ということになります。

 

しかし、これら3つのどの方針を取るにしても、依頼者の協力は必須条件です。弁護士の口先だけで裁判の流れが変わるものではないので、主張を尽くすにも話しあいをするにも、依頼者の理解と協力がなくてはできません。

残念ながら、そこが理解いただけていないことが、しばしばあります。特に、最初は裁判に乗り気だったけど、敗色濃厚となるにつれて、打合せにも来ない、必要な資料も用意してくれない、電話しても出ない、という態度を取る方が、たまにいます。

そうなると弁護士は法廷で「依頼者と連絡が取れないため、今回は何も主張の準備ができてません」と言わざるをえなくなります。そんな状態が続くと、それ以上争う意思なしと見なされて、そのまま敗訴となるでしょう。プロとしてはかなり恥ずかしい負け方です。

 

恥ずかしい負け方といえば、最近の報道で、民主党の横峯議員が、週刊新潮の「賭けゴルフ」の記事が事実無根で名誉毀損だと訴えていた事件で、自ら「請求放棄」した、というのがありました。

請求放棄とは、簡単にいうと、裁判を起こした当の原告が、私の請求はすべて間違いでしたとして、負けを認めるものです。

昨年5月にも、旧ブログで、民主党の山岡議員の請求放棄に関して書きました。請求放棄についてはこちらをあわせてご参照ください。

これなど、弁護士としては最も恥ずかしい負け方でしょう。もちろん、請求放棄するのはあくまで原告である横峯議員や山岡議員の意思ではあります。しかし弁護士なら、裁判を起こす前の段階で、最後まで争っていけるだけの材料があるかどうか確認していなかった、つまり見通しが甘かった、と言われても仕方ないのです。

 

負けるときにはきれいに負けたい、そのためにも依頼者と強固な信頼関係を結ぶ必要がある、請求放棄の記事を見て、自戒を込めてそう思った次第です。

告訴を受理させる50の方法 4(完)

このテーマは今回で最後です。読んでくださっている方は、告訴状を警察に受理させる実践的テクニックが50個でてくると期待されているかも知れませんけど、すみませんがそういうことではありません。


お気づきの方も多いと思いますが、今回のタイトルは、ポール・サイモンの「恋人と別れる50の方法」のパクリです。

弁護士になって間もない30歳前後のころでしたが、当時の私は非常にモテていて、多くの女性が寄りついてくるのが大変わずらわしく、どうすれば女性が離れていってくれるだろうかと悩んでいました(ここは冗談半分で読んでくださいね)。

それでポール・サイモンのCDを買ってきて、「恋人と別れる50の方法」を参考にしようと思い、歌詞を訳して見ました。しかし内容は、

裏口(back)から逃げなさい、ジャック、

新しい計画(plan)を作りなさい、スタン、

鍵(key)は捨ててしまいなさい、リー、

などと、韻を踏んで抽象的な言葉が並んでいるだけで、恋人と別れる実際の方法など触れられていませんでした。それでもポール・サイモンが虚偽広告で訴えられたという話も聞かないので、私もこのタイトルをパクらせていただくことにしました。

 

と、冗談はさておき、これまで書いてきたとおり、告訴というのは決して手軽で便利な制度でないということは、お分かりいただけたと思います。それでも、問題解決のためどうしても告訴という手段を取りたい方のために、50とまでは行きませんが「5の方法」をまとめてみます。

1 証拠をきちんと集める。

2 民事事件としてできることにまず手を尽くす。

3 相当の手間と時間がかかることを覚悟する。

 これは前回のポイントとして書いたとおりです。

 

4 弁護士に依頼して告訴状を作成する。

告訴状の作成代行みたいな商売があるようですが、私はお勧めしません。

弁護士は司法修習の際に、起訴状や判決文の書き方の教育を受け、捜査や裁判の現場も見ているので、どうすれば警察や検察が動いてくれるのか、わかっています。告訴状の紙切れ一枚だけで警察が動くことはまずありません。その後のフォローを適切にできるのは、弁護士だけなのです。

5 刑事裁判で重要証人となることを覚悟する。

もし容疑者が容疑を「否認」すれば、法廷で証言しなければいけなくなる可能性もあります。また、相手が不当な告訴だということで、逆に「虚偽告訴罪」で告訴してくるという可能性もなくはないので、弁護士と相談して、よくよく慎重にすべきです。

 

告訴について長々と書いてしまいましたが、取りあえず以上で終わりです。

告訴を受理させる50の方法 3

(前回のあらすじ)明子さんから1000万円以上の借入れを受けていた正夫が、詐欺罪の容疑で逮捕された。

 

告訴から約1年、ずいぶん時間がかかりましたが、警察は少しずつ動いてくれていたようです。

ほどなく、正夫の刑事事件担当の弁護士から電話連絡が入りました。示談にしたいという申入れでした。逮捕(3日間)、勾留(10日~20日間)を経て、起訴されるまでの間に話をつけたいということです。もちろん、容疑者側の弁護人なら当然すべきことです。

「では、1000万円は返してくれるんですか?」と私は聞きました。

その弁護士が答えたのは「本人にはお金がなくて、親も裕福ではないので…」といったことでした。

やはりそうきたか、と思いました。逮捕されたところで、払うお金がないと言われればそれまでです。ならばケジメとして、正夫には刑務所に行ってもらおうという気持ちでした。しかしその弁護士は続けました。

「両親がかわりに月2万円ずつを返しますから、話はつきませんか」と。

それで1000万円を返すとなれば、何十年の分割弁済です。あまり現実的な話でないし、明子さんが了承するとも思えない。

 

念のため、明子さんの意向を確認しました。すると意外にも「示談します」と。最終的に明子さんは「告訴取り下げ書」まで書いてあげて、正夫は不起訴で釈放されました。

自分がした告訴のために相手が逮捕・勾留されていることが忍びないと感じたためか、他の理由があったのか、何にせよ男女の愛憎というのは、よくわからないものです。

ともかく、こうしてこの刑事事件は終結しました。

 

このケースで警察が動いてくれたのは、以下のポイントによると思います。

1 男が若い女性に結婚までちらつかせて繰り返し金銭をせびったという悪質性。

2 明子さんの通帳の記載から、いつ・いくらを正夫に貸したかという証拠が残っていること。正夫のような若い男性に何百万円もの借金を返せるあてがあったとも思えないので、「詐欺の故意」(最初から返すつもりはなかった)を証拠づけできたのだと思います。

3 先に民事事件としてできることはすべて手を尽くしていたこと。警察も、民事事件として処理できることをいきなり告訴されても、動こうとはしないでしょう。

 

しかしそれでも、警察が動いてくれたのは告訴から1年後です。民事裁判であれば、単純なお金の貸し借りのことなら1年もかかりません。さらに、警察が動いたところで、「返す金がない」と言われたら、どうしようもない。

このように、他人を告訴するのは、仮に警察が動いてくれたとしても、手間と時間は通常の民事裁判よりも大きく、経済的な成果が得られるかどうかも、やってみないとわからないという、極めて不安定なものでしかないのです。

だからお金の問題で相手を告訴するようなことは、お勧めしません。

 

もう少し続く。

告訴を受理させる50の方法 その4へ

告訴を受理させる50の方法 2

前回の続き。民事事件として解決すべきような事柄で告訴状を出しても警察はまず動かない、という話をしていますが、私の経験の中で、実際に警察が動いた数少ない事例を紹介します。


依頼者の明子さん(仮名)は若い女性で、仕事を通じて正夫(仮名)という同じ年ごろの男性と懇意になった。付き合っていく中で、正夫からは将来結婚しようという話も出ていた。そしていつごろからか、正夫は明子さんに「お金を貸して欲しい」と頼むようになり、明子さんは自分の預金から何万、何十万と貸すようになった。

正夫の要求は次第にエスカレートして、1回で何百万を借りることもあり、最終的に明子さんは合計で約1000万円を正夫に貸した。正夫は「必ず返す」と言いつつ1円も返さず、そのうち連絡が取れなくなった。

 

私はまず、貸した金を返せという民事裁判を起こしました。幸い、明子さんが正夫の実家を知っていたので、訴状を送りつけることができました。

それに対して正夫は、弁護士を通じて、「個人再生の申立て」をしてきました。つまり、お金を返せないから負債をカットしてください、という手続きです。いま武富士が会社更生法のもとで会社再建を目指していますが、その個人版みたいなものです。

しかし、裁判所は正夫の申立てを却下しました。正夫の負債の大半は明子さんからの借金であり、明子さんからの借金を踏み倒すためだけに個人再生手続きを利用することは認めない、ということです。そして、正夫に対して1000万円の返済を命じる判決が出ました。

それでも正夫はお金を返してこないので、私が正夫の勤務先をつきとめ(個人再生手続きの資料を閲覧して、勤務先が判明した)、給料の一部を差し押さえました。しかし、差し押えた給料から取り立てができたのは1か月分だけで、正夫はその後すぐ、会社を辞めてしまいました。そうなれば給料の取立てもできません。

 

さすがに私も、この正夫の対応があまりにひどいと思い、明子さんの了承も得て、詐欺罪で警察署に告訴しました。返すと言いつつ、1円も返さず繰り返し借入れをしているんだから、本当は返すつもりもなく借りていたはずだ、という理屈です。

私と明子さんで、3回ほど、所轄の警察署に事情を話しに行ったり、証拠書類を持っていったりしました。そして担当の警察官が「わかりました。告訴を受理させてもらいます」と言いました。

その後、明子さん単独で、何度も警察署に呼び出されたはずです。明子さんは被害者であって最も重要な証人ですから、たびたび事情聴取を受ける必要があるからです。

 

このようにして、あとは警察に任せたような形になって約1年が経ち、私がこの事件を忘れかかったころ、明子さんから私の事務所に電話がありました。

「正夫くんが警察に逮捕された」という連絡でした。

 

何だかドラマ仕立てになってきましたが、このあたりで「次回に続く」とさせていただきます。

告訴を受理させる50の方法 その3へ

告訴を受理させる50の方法 1

阪神の金本氏のことで告訴について少し書いたついでに、もう少し付け加えます。以下、金本氏の一件とは離れて、あくまで一般的な話としてお読みください。

 

警察が告訴を受理するのに慎重になりがちであり、私もそれはやむをえないと思うと書きました。

私自身、弁護士として実感しているのは、告訴は乱用されがちであるということです。旧ブログでも書きましたが、「民事崩れ」といって、本来は民事事件として解決されるべきことであるのに、相手を警察に告訴しておけば自分が有利になると考えて、告訴状を出そうとするケースはかなり多いです。

 

私が弁護士になって間もないころですが、ある会社の経営者(Aとします)が、知人(Bとします)の会社に資金を融通したが、返金を求めても応じない、どうしたらいいか、と相談してきました。以下、私とAさんの会話。

山内「貸金返還請求の裁判を起こすことになるでしょうね」

A「いや、誠意のない相手ですから、民事裁判じゃなくて、詐欺罪で告訴して刑事事件のほうに持ち込みたんですわ」

山内「単にお金を返してくれないというだけでは詐欺罪にはなりませんから、警察は告訴を受理しないと思いますよ」

 

詐欺罪というのは、最初から騙し取るつもりで金品を受け取った場合に成立します。返すつもりだったけど資金繰りが苦しくなって返せなくなったという場合は詐欺にあたらない。あとは債務不履行(契約違反)の問題として、「約束どおりお金を返せ」という民事裁判の問題となる。

もちろん、このAさんは会社を経営するくらいですから、その程度のことは知っています。引き続いて、けろっとした顔で言いました。

A「ええ、ですからそこは、先生にねじ込んでほしいんです」

私は何だかがっかりしました。このAさんは、とうてい刑事事件にならないものを、弁護士を利用して告訴状をうまく警察に「ねじ込んで」刑事事件にしてしまおう、と考えているのです。私はAさんの依頼を断りました。

 

しかし、このAさんほどあからさまに言わないにしても、同じことを考える相談者は大変多いです。これら相談者の思考はこうです。

1 民事裁判を起こしても、手間と費用と時間がかかるし、訴えた相手がきちんとお金を返してくれるかどうかわからない。

2 弁護士に依頼して警察に告訴すれば、警察が動いてくれる。

3 警察が動き出せば、相手は驚いてすぐにお金を返してくる。

と考えるわけです。

 

上記の1は確かにその通りで、2・3に期待する気持ちがわからなくもないですが、諸葛孔明の戦略でもあるまいし、そんな期待どおりにことが進む可能性は極めて低いのです。

次回以降、具体例を紹介しつつ、このことに触れます。

告訴を受理させる50の方法 その2へ

阪神・金本、恐喝容疑で告訴 2(完)

金本氏を告訴した告訴状が警察にまだ受理されていないということについて、もう少し書きます。

そもそも一般論として、警察が告訴状を受理せずにつき返すということが認められてよいのか。このことについて、少し条文を参照してみます。


刑事訴訟法242条では、警察が告訴を受けたときは、速やかに関係書類や証拠物を検察に送付しないといけない(要約)、とあります。警察は告訴を「受けたとき」にそうした仕事をしないといけなくなるので、それを避けるために、そもそも告訴を受けないでおく、という態度を取りがちになります。


それでも、犯罪捜査規範63条には、告訴があったら受理しなければならない(要約)と明確に定められています。

犯罪捜査規範とは、国家公安委員会が作った規則です。国家公安委員会とは内閣府に属する機関であり、警察の上部組織のようなものだと理解しておいてください。警察官は犯罪捜査にあたっては、法律と同様に、この規則を順守することが求められます。

ただ、犯罪捜査規範を続けて見てみますと、67条に、告訴があった事件は、特に速やかに捜査を行なうよう努める、とあります。「努める」であって、捜査「しなければならない」わけではありません。努力規定というもので、警察に「努力はしてますけど捜査はまだです」という弁解の余地を与えることになる。

加えて、67条には引き続き、誣告(ぶこく、ウソの申告)や中傷を目的とした虚偽や誇張による告訴ではないか注意しなければならない、とあります。だから「注意して慎重にやってます」と言われれば文句は言えないわけです。

 

これとの対比で、一般的な役所への書類の提出(たとえば、飲食店を開業したいから保健所に許可申請をした場合など)であれば、役所は申請書が到達したら遅滞なく審査を開始しなければならず(行政手続法7条)、役所が何もしてくれなければ、然るべき処理をせよ、と役所を訴えることもできる(行政事件訴訟法37条、37条の2)。

本来、警察も行政(役所)の一部なのですが、刑事事件を扱うという特殊性から、書類の提出を受けたときの扱いがずいぶん違うわけです。


たしかに、警察がすべての告訴に対して直ちに捜査を行なうとなれば、明らかに人手不足になるし、嫌がらせ目的での告訴が行なわれる(たとえば痴漢冤罪事件などで悪用される)可能性があることから、慎重になるのはやむをえないと思います。

今回の金本氏に対する告訴も、警察は、虚偽や誇張による告訴でないか、それを見極めた上で動くことになるのだと思われます。

そういうことで、告訴状の「預かり状態」がしばらく続くのでしょう。

阪神・金本、恐喝容疑で告訴 1

阪神タイガースの金本氏が恐喝で告訴されたとの件について触れます。

週刊誌や新聞によりますと、金本氏は、知人と設立した投資ファンドをめぐって億単位の損失を出し、その知人を脅してカネを返せと迫った、として告訴されたとか。金本氏側は、事実無根と主張しているそうです。

私自身はあまり野球に関心がなく、人から好きな球団を聞かれたときに、話をあわせるために取りあえず「阪神」と答えておく程度なので、この事件、どちらの言っていることが正しいのかは、それほど興味がありません。いずれ何らかの形で明らかにされるでしょう。

興味を持ったのは、新聞報道によると、告訴状はまだ警察に受理されていない、という点です(17日産経朝刊など)。スポーツ新聞のネット記事などを見ますと、「預かり状態」にあるとのことです。


当ブログでも何度か触れましたが、告訴というのは、刑事事件の被害者が、警察・検察に対して被害を申告するとともに、容疑者を刑事裁判にかけて処罰してくださいと願い出ることを言います。

刑事訴訟法上、これを受けた警察は、必要な捜査をした上で、検察に報告(送検)しなければならず、検察は事件を起訴するかしないかを決めなければならない。つまり警察・検察にとって、仕事が増えてしまうわけです。

そのために警察がよくやるのが、告訴状を受理しない、という手なのです。

警察は、ひとまず話は聞きました、という態度を取っておいて、告訴状の記載のここを修正してくれとか、証拠になる資料を持ってきてくれとか、あれこれ言って、告訴状をつき返すのです。

ただ、「参考のために」と言って、警察官が告訴状のコピーを取って、そのコピーを預っておくことも多いです。上記の「預かり状態」とはこういうことです。告訴状そのものを正式に受理したわけではなくて、コピーを参考に預っただけだから、まだ捜査を始めなくてもよい、ということです。

 

特に今回の事件でいえば、捜査開始となれば、金本氏を事情聴取したり、金本氏の自宅の家宅捜索をしたりしないといけない。かなりの大ごとになるでしょう。それで何も出てこなければ、またもや警察・検察の失態ということになってしまう。

ですからよほど容疑が固まった状態でないと、今後も告訴状は受理しないでしょう。逆に言えば、現時点で警察は、金本氏の容疑はそんなに高くない、と見ているのだと思われます。今後、告訴した知人男性が、証拠資料や詳細な供述によって容疑を裏付けていかないと、警察は動かないでしょう。

この件、次回にもう少し続く

ブログ引っ越しのごあいさつ

ブログをこちら「MOVABLE TYPE」に引っ越してきてしばらく経ちました。

まだ、使い方に習熟していないので、データをアップロードする際などに何らかのミスをするかも知れませんが、そこはご了承ください。

この「MOVABLE TYPE」、仕組みはよくわかりませんが、有料のシステムのようです。それだけに性能は良さそうです。あとは私が使いこなせるかが問題です。と、自分自身が使っているブログなのに頼りない言い方になっているのは、システムの構築を基本的に専門家(こちら)に任せきりにしていたためです。

 

ひとまず、ブログの文字を大きくし、行間を広くしました。

これまで、一つのブログの記事はだいたいパソコンの一画面に収まるくらいの長さを心がけてきたのですが、文字を大きくしたため、同じ情報量でも画面をスクロールしないと読めなくなるかと思います。

それでも文字と行間は大きい方が読みやすいかと思いますので、しばらく現在の体裁で書いてみます。ご感想などありましたらお聞かせ下さい。

ご意見ご感想は、コメント欄をご利用いただくか、またはメールにてお寄せください。メールは、各ブログのタイトルの下にある私の名前か、こちらをクリックしてホームページへ移動し、「お問い合わせ」のコーナーから送信いただけます。

 

サブタイトルとして、「大阪市西区の南堀江法律事務所オフィシャルブログ」とありますが、本文の内容は私(山内)の見解に基づくものです。他の各スタッフのブログも、ページのトップらアクセスしてご覧いただけます。

 なお右下の「アイテム」欄の写真は特に本文と関係のないことが多いです。

 

では今後ともよろしくお願いします。

内閣不信任と一事不再議 3(完)

内閣不信任と一事不再議について、もう少し書こうと思っていたら、菅総理がようやく辞任時期を明確にしたらしい。でも、ついでなので書きます。


一事不再議の原則は、憲法にも法律にも規定はなく、「慣行」でそうなっていると書きました。

不都合な慣行なら変えれば良いじゃないか、と感じる向きもあるかも知れませんが、法律に書かれていなくても当然に適用されるべき大原則や、易々と変えてはならない慣行というものは存在します。

書かれていないけど守らなければならない慣行や大原則とは何か、変えてはいけない理由は何か、ということを個々に論じ出すと収集がつかなくなるので、ここは一事不再議に絞って述べます。

 

前回書いたとおり、明治憲法39条には「一度否決された議案は同じ会期中に再提出できない」(要約)と、この原則を明文化していました。

その理由について、明治憲法を作った当の本人であり、初代内閣総理大臣である伊藤博文は、明治憲法の注釈書(「憲法義解」、現在、岩波文庫版が出ています)で、こう述べています。以下意訳です。

1、議案の再提出をすると、その一議案に時間を取られて会期が無駄に延びるからである。

2、君主(主権者である天皇)がハンコを押さなかった議案を再提出するのはおそれ多い。

現在の日本国憲法では主権者は国民ですから、上記の2は当てはまらないとしても、1は同じように当てはまるはずです。では、日本国憲法下で、なぜ一事不再議は明文化されなかったのか。それには理由があります。

 

多くの方はご存じと思いますが、日本国憲法では、衆議院が可決したあと、参議院が可決しなかった法案でも、衆議院が3分の2以上の多数決で再可決すれば、法律として成立します(59条2項)。このとき、衆議院は同じ議案を「再議」しないといけないので、一事不再議を憲法に掲げなかったということです(以上は戦後の通説的見解となった清宮四郎「憲法Ⅰ」より)。

逆に言えば、正面から議案を再議するのは衆議院の再可決の場合だけで、それ以外の場面では、一事不再議の原則は日本国憲法でも妥当すべきことになります。戦後の新憲法の下でも、議員たちは当然そう理解して、一事不再議の原則が慣行として定着したわけです。


しかし一方で、伊藤博文は上記「憲法義解」でこうも言います。

「議案の名称(タイトル)だけ変更して内容が同じ議案を再提出するのも同じく許されない」と。これを裏返して見れば、タイトルは同じでも、内容や状況が変われば、再提出も可能となります。清宮四郎もこれを認めます。

今回は事情変更ゆえ、菅内閣の不信任決議を提出できるはずだと、前回書いたとおりです。


と、長い解説をした割には、菅総理が今国会中の退陣を認めたということで、内閣不信任案は提出されなくなり、一事不再議の議論が今国会で戦わされることもなくなったと言えそうです。

菅総理が新たなペテンで居座り続ける懸念も捨てきれませんが、ひとまずこのテーマを終わります。

内閣不信任と一事不再議 2

前回の続きで、「一事不再議」(いちじふさいぎ)について。

似たような言葉で「一事不再理」(いちじふさいり)というのがあります。これは、刑事裁判の大原則で、一度裁判が終わったら、同じ事件を再度裁判にかけてはならないということで、憲法39条に定められています。


国会での一事不再議とは、一度審議が終わった議案を、同じ会期中に再度審議しなおすことはできないということです。

これは、明治憲法には規定があったのですが、現在の日本国憲法には定められていません。とはいえ、一度多数決で決まったことについて、もう一度評決しなおすのは時間の無駄だから、当然のこととして、そういう慣行が形成されてきました。

今年の通常国会の会期は8月いっぱいまでで、その間、同じ議案を審議することはできないことになります。


しかし、「内閣不信任」という決議案のタイトルが同じでありさえすれば、一事不再議が機械的に適用されるわけではないはずです。

これは、刑事裁判での一事不再理を考えてみれば明らかです。たとえばある人が本屋で万引きして窃盗罪で裁判を受け、執行猶予となり釈放されたが、その直後、スーパーで万引きしたとします。

窃盗罪の裁判を一度受けたから、スーパーの万引きは同じ窃盗罪で裁けないかというと、それは明らかにおかしい。1件目の窃盗と2件目の窃盗は「別の事件」であって「一事」ではないので、刑事裁判にかけることができます。

国会でも、「一事」といえないような事情の変化があれば、審議は可能です。憲法の教科書では、「事情の変更により合理的な理由があれば、再提案も可能」(佐藤幸治)などと書かれています。

 

菅総理は、東日本大震災の後、意味なく視察に行って現場を混乱させ、災害対策基本法などの法律を活用できず、無駄な会議体をつくってばかりいた。そうした対応のまずさが、6月の不信任決議案の提出の理由となった。

その後、早期辞任をにおわせて不信任案が否決されるや、「辞めるとは言ってない」と詐欺としか言えないロジックで総理の座に居座り続け、震災復興に明確な方針を示すこともなく、原発問題等では思いつきの発言を繰り返した。

これでは、不信任案の否決という執行猶予判決の後に、改めて別の罪を犯したのに等しい。

すぐ辞めると思わせておいて辞めようとしないのは、不信任案の否決の際に想定されていなかった(総理大臣がそこまでのペテンを使うとはさすがに誰も思わなかった)事情の変更が生じたと言えるのであり、もはや「一事」ではない。

ですから、小沢一郎でも誰でもいいから内閣不信任決議案を提出しないことには、本当に、「不信任案が一度否決された後の内閣は好き放題してもクビにできない」という、最悪の慣行ができてしまうのです。