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「やっぱり、だめでしたか」
案の定、傷害致死事件の被告人の保釈請求は却下された。
「長い裁判になるのでしょうね。そのあとは、長い懲役が待ってる。その前になんとか、手元の遺骨だけは、供養してあげたいのですが」
捕まっている被告人は誰でも保釈されることを求める。たいてい、捕まっていたままでは家族や恋人を守ってあげられないだとか、それっぽいことをいうのだが、結局は、自分が外に出たいだけなのだと、僕は思っている。
しかし、死んだ恋人こと、その遺骨のことまで持ち出す人は初めてだった。ここまでこだわるのは、まんざら嘘ばかりでもないのかも知れない。
御堂筋の1本西側の道を久々に歩いた。
かつてよく通った三ツ寺会館の「洋酒壽屋」がなくなってから、この道を通ることも少なくなった。
僕が時々手を合わせていた「出世地蔵」は、知らない間にきれいに改装されて、社がずいぶん広々としていた。
自分より先に、地蔵のほうが出世してしまったんだなと、おかしく思った。
その場所から少しだけ北にあるバー「キーポイント」の扉を開けた。この店に来るのも1年ぶりくらいだろうか。
夜7時半。店の奥では常連らしき初老の紳士が、一人静かにグラスを傾けていた。
店の様子も、香りや雰囲気も、かつてこの界隈でよく飲んでいたころのままだった。
「ソーダ割りを」
「デュワーズで?」
「ええ」
マスターが、つい先週も会っていたかのような顔で、僕を迎え入れてくれた。
昔からのバーによくあるように、BGMがない。
たまに、バックバーの上方にあるテレビがついて、客が見るともなくそれを見ている。
今日は、ローカル局で阪神の試合が中継されていた。
奥の紳士がもう1杯、水割りを追加している。
野球はスリーアウト・チェンジとなり、CMが入る。
水割りを作るマスターの肩越しに、僕の目はテレビに張り付いていた。
「アヤだ・・」
ハーベイウォールバンガーを好んで飲んでいた彼女が、テレビの画面に出ているのを見た。
ローカル局ならではの、地方の人工温泉施設のCMだった。
映っていたのは一瞬だったが、アヤが水着姿で微笑んでいるのが、ほほえましくも少し健気だった。
――彼女は一緒に飲んでいるときはほとんど何も食べなかったな、それがいま分かった、テレビに出ると、太ってみえるんだ・・。
マスターが、テレビを食い入るように見つめる僕に気づき、画面を振り返ったが、もうすでにアヤの姿は消えている。
「あ、別になんでもないんです。あの、ソーダ割り、もう1杯いただきます」
航空会社勤務のエリからは、今日の昼間にメールが届いていた。
オーストラリアの空港に正式に配属され、当分は外国で働くことになったらしい。
――みんな、目標に向かって歩いているんだな。
デュワーズのソーダ割りが僕の前に差し出される。
このバーは1年前と少しも変わっていない。変わり続ける大阪ミナミの中で、ここはきっと、ずっと変わらないたたずまいで存在し続けるのだろう。それでいい、いや、それがいいと思う。
弁護士になって4年目を迎えていた。僕自身は去年とどう変わっただろう。何も変わっていない気がするが、自分はそれではいけないのだと思う。そしてこれから自分はどう変わっていくのだろう。
弁護士を目指して勉強をしていたころを思い出す。明確な目標があるときには迷いがなかった。
それを果たしてから、自分はどこに向けて進めばよいか、いつも悩み続けていた。
そのうちきっと何かが見えてくるのだろうと思いながら、その日その日を暮らしてきただけだ。「何か」なんて見えていない。
近頃はいつもバーのカウンターでそんなことを考えている。そうしているうちに、酔いが頭の中をめぐり始める。
三ツ寺会館周辺の様子も、ずいぶん様変わりしていた。夜8時すぎだった。
2杯だけで酔った気がする。最近、酒には弱くなったかも知れない。 |
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つづく...
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