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連載小説「373−2S」

連載小説 [373-2S]
■ 第5話【空へと高く、ハイボール】その3
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「当該医師の医療行為と、当該患者の死亡結果との間の因果関係は不明である」

医療過誤訴訟の控訴審で、再度の鑑定を求めた結論が帰ってきた。
鑑定医師の答えは、「医師に責任があるか否かは不明」というものだった。
当たり前といえば、当たり前すぎる結論だ。不明だからこそ、こうして裁判で争われている。少なくとも言えることは、こちらに有利な結果ではないということだ。
鑑定書のうち、少しでも有利な部分を拾って、それを強調して主張する、できることがあるとすればそれだけだ。それだけで、一審の敗訴判決がひっくり返るとは到底思えないのだが・・・
鑑定書をすみずみまで読んでいて、気づくと夜の9時になっていた。もうあとは明日にしよう。


僕は肩を大きく回しながら、夜の心斎橋を歩いていた。
東心斎橋の「BAR NAKAMURA」の扉を開けると、いつもどおりネクタイとベストで身を固めたマスターの中村さんが立っている。
くだけた感じの店が居並ぶこの界隈で、こんなきちんとしたバーテンダーの姿を見ると、一瞬だけ緊張するかも知れない。だがそれも本当に一瞬だ。マスターの醸しだす空気で、すぐに肩の力を抜くことができる。
店内には「ブラックニッカのハイボール」がおすすめ銘柄として貼り出されているあたり、気取りがない。

「これを」と僕は、貼り紙を指差して「ブラックニッカのハイボール」を頼んだ。
「シガーも一本もらいます」
マスターがヒュミドールを開け、僕はその中から、「パルタガス 8−9−8 バーニッシュ」を選ぶ。かなり、強い個性のあるシガーだ。

いつか、この店にエリを連れてきたいと思っていた。
マスターの作る、パリパリしたピザがうまい。彼女もきっと、これを気にいってくれたであろう。

以前、エリと会ってから、2か月ほどたつ。この前、彼女を法善寺横町に連れて行ってから1か月ほど経ったころ、彼女から僕にメールが届いた。
「現場復帰の夢がかないました。早速なのですが来週、異動になると言われました」
一緒に祝杯をあげよう、そう思ってメールを読み出して、次の文章に僕は絶句した。
「配属先は、オーストラリアの空港です。突然のことなので、直ちに準備に取りかかります。また、近いうちにお会いしたかったのですが――」
こうして今、彼女は、ずっと望み続けていた現場に戻っている。遠い、遠い国の現場に。

「最近は、一人で来られるのが多いですね」
「ええ、ふられてばかりなんで」

そんな会話をかわしながら、一時間ほど経ったろうか。僕は、店を出ようとして、まだ半分ほど残ったシガーの火を消そうと、それを灰皿に押し付けていた。
「それは『怒り』を表す行為なんですよ」
と、マスターにたしなめられた。シガーは煙草と違って、火を消すときに押し付けるものではない。わかっていたつもりだったが、無意識にその所作をやってしまっていた。
マスターはシガーの先の部分を切り取ると、ラップに包んで持たせてくれた。


その残り半分をどこかでふかそうと思って、特にあてもなく西心斎橋へ歩いた。三ツ寺会館に行き当たって、地下へ降りた。
よく通った「洋酒壽屋」は閉店となり、マスターは別の場所で新たな店の開店準備をしているらしい。かつてその店のあった場所は今、空き家となっている。
その扉を引いてみると、意外にも施錠されておらず、外に向かって開いた。
中は当然、真っ暗なままだ。カウンターと椅子がそのまま置かれてあって、以前の店の面影を残している。
暗闇に目が慣れてきて、僕はそのカウンター際に腰掛けた。


――こうして、みんな去っていく
「洋酒壽屋」も今はない。ラウンジ「彩文」のミカは鳥取へ帰った。「ラガヴーリン16年」は流通が途絶え、エリは今、オーストラリアにいる。
好きになった人、好きになった酒は、なぜかみな、すぐに去っていってしまう――。

しばらくして、胸に激痛を感じて我に返った。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、カウンターでそのまま寝入ってしまい、椅子から転げおちたらしい。胸ポケットに入れていた携帯電話で、胸を打ちつけたのだ。
暗闇の中で、痛みをこらえながら身を起こした。
携帯電話は無事だったが、同じ胸ポケットに入れた葉巻は潰れてしまっていた。

――もう、酒なんてやめよう
胸の痛みを押さえて立ち上がりながら、そう思った。飲んでいても、寂しさが募ってくるだけだ。
夜の1時をすぎていた。西心斎橋はまだまだ猥雑な活気に溢れていた。早くここから立ち去りたくて、胸を押さえながら早歩きしていた。
つづく・・・

カクテル一口メモ
ハイボール(3):
 ソーダで割るには、そんなに高級なウイスキーじゃないほうがよいように思います。もったいないから、それもなくはないですが、安いウイスキーのソーダ割り、のどが渇いたときには不思議なくらいうまいです。角、トリス、ブラックニッカ、ハイニッカ等々。
 でもたまには、高めのシングルモルトのソーダ割りなんかも、贅沢な気分でおいしい。
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to be continued





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