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連載小説「373−2S」

連載小説 [373-2S]
■ 第5話【空へと高く、ハイボール】その2
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「お願いします。絶対に、あの敗訴判決をひっくり返してください」

依頼者は、請求棄却判決に対して、控訴審で争うことを依頼してきた。
どんな事件でも、その渦中にいる当事者は、自分が勝って当然だと思い込んでいる。
その期待に応えることができるだろうか。1審で負けた事件をひっくり返すのは極めて難しい。
――あきらめてくれたら、楽だったのにな。
その考えが一瞬、頭をよぎって、自分を戒めた。
最近、気持ちが弱腰になってしまっている。


その夜、エリと会った。北新地で初めて会って以来、メールで何度か連絡を取り合って、今夜、ミナミで会うことになった。
西梅田に勤めるエリは、普段は来ないミナミが珍しいらしい。
僕はエリを法善寺横町のバー「わん」に連れてきた。

かつてこの店は、雑居ビルの急な階段を上った2階奥にあった。その建物は「中座」の火事で焼失し、今は新しくできたビルの3階に移転している。マスターも、当時とは別の人が任されているのだが、店の空気は、かつてのままだ。
シンプルなバックバー、そして静かに流れるジャズ。

二人ともまだ、食事前だ。エリはジンフィズを、僕は「タリスカー」のストレートをオーダーした。
「いつもそんなに強いお酒を飲んでいるのですか」
「たいていはそうです」
「そのうち体を壊すかも知れないですよ。もう、飲みだして長いのですか?」

僕は父が亡くなったときのことを思い返していた――
僕が大学に入ったころ、父が、一緒に酒を飲もうと、いきつけのバーに誘ってくれた。
待合せの時間にその店に行くと、マスターが青い顔して立っていた。
  お父さんがたった今、交通事故で―――
この「わん」と同じような、朴訥な感じの店主だった。
その人が、後日、その日のためにと父がキープしていたという「ラガブーリン16年」をくれた。
数年たって自分の気持ちが整理できたころ、僕はそのボトルを開けて、飲んだ。
最初は、「苦い水」でしかなかった。でもその酒が、亡き父と繋がるよすがだと思って、飲み続けた。――やがて、その味わいが好きになった。
僕のお酒は「ラガブーリン16年」から始まっている。僕が強い酒を好むのもそのせいだろう。

「何か、考え事ですか?」
「いや、そうじゃないですけど」
彼女にそんな昔話を聞かせても仕方がない。
「ウイスキーはね、亡くなった父の思い出の酒でもあるんですよ」と、それだけ答えた。
「そうだったんですか。お父さんが・・。でもそのお酒、見てみたいな」
「ここにはないですね。今はほとんど手に入らないんです。『ラガブーリン』って銘柄なんですが、16年ものは生産中止になったんだそうです。今は、12年ものが出回ってますが、どうも、味が違う気がするんです。まあ、僕の思い込みなんでしょうけど」

それ以上、父の話と『ラガブーリン』の話をするのはやめた。会話が湿っぽくならないよう、僕は話題を変えた。
「お仕事のほうはどうです。今もオフィスでの勤務ですか」
「ええ。引き続き、空港の業務に戻れるよう、上司を通じてお願いしているところなんです。もしかしたら、お願いが通るかも知れない」
「現場が、好きなんですね」
「これから空の旅へ向かう人の顔を見るのが楽しいんです」

僕はタリスカーを飲みおえて、デュワーズのハイボールをオーダーした。
その注がれたグラスを、僕は顔の高さに持ち上げた。炭酸が、いきおいよく弾けている。
「現場復帰を祈っての一杯です。ほら、泡が、空へ飛び立っていくようでしょう」

僕とエリがいつまでもグラスを眺めているのを見て、離れたところに控えていたマスターが怪訝な顔で近寄ってきた。
「何か、変なものでも混じってましたか?」
「あ、いえ、失礼しました」
僕はあわててハイボールを飲み干した。エリがくすくす笑っていた。


食事に行こうと「わん」を出た。
「ミナミらしいところに連れていってください」
さてどこへ行こう。いつかはそこの「夫婦善哉」に連れていきたいなあと思いながら、横丁の石畳を踏みしめる。
つづく・・・

カクテル一口メモ
ハイボール(2):
 ベースとなるウイスキー次第で味わいが違うのはもちろん、ウイスキーとソーダの比率、氷を入れる入れない、レモンを絞るか否かetc、作り方・味わい方は様々です。
 バー「サンボア」の、「氷を入れない、レモンピールを絞った『角』のハイボール」は有名ですが、あのスタイルは大阪のサンボアだけで、京都のサンボアでは「氷を入れる、レモンを絞らない、『スーパーニッカ』のハイボール」が主流のようです。
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to be continued





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