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「それじゃあ、うちの父親は、なんで死んだのですか?」
医療過誤を争った裁判が原告の請求棄却に終わり、依頼者は僕の事務所でこうつぶやいた。
依頼者の父は、交通事故に遭って病院へ運ばれたが、経過観察中に病状が急変し死んだ。
その遺族の依頼を受けて、医師の判断ミスを争ったが、認められなかった。
「控訴するかどうか、判決文をもう一度読んで、家族と相談します」
依頼者は肩を落として帰っていった。
僕は大きく肩をまわした。「命」が関わる事件の現場は重い。
こういう日の夜、飲まずにおれなくなるのは、きっと僕自身の弱さなのだろう。
事務所を出て地下鉄に乗り、難波から西梅田へと向かった。
西梅田を出ると、北新地の西の端にある「BAR,K」まではすぐだ。
階段を降りると、いつものように、マスターの松葉さんと、2人の若いバーテンダーがきびきびと立ち回りながらカクテルを作っていた。
僕はそれを横目に見つつ、カウンターを横切って、いちばん奥の席につく。
「デュワーズのハイボールを。それから、シガーを」
「今日はゆっくりしていかれるのですね」
マスターが言った。たまにしか来ない北新地は、来たからには1杯2杯をすぐ空けて何軒もまわりたい。30分や1時間もかけて大きなシガーを吸うことはあまりない。
でも、今夜はここで腰を落ち着けるつもりだった。
何かに疲れたときや、心がざわついたときに、なぜか僕はこのバーを思い出す。
マスターは「コヒーバ」に火を付けてくれた。
シガーの煙の向こうのバックバーが、霧に煙る城壁のように見えた。
僕はコヒーバをくゆらせながら、父のことを思い出していた。
僕の父も、交通事故で死んだ。僕が18歳のときだった。乗用車を運転中に事故に遭い、ほぼ即死だったらしい。
僕は悲しみながらも、その「死」を受け入れることはできた。
受け入れ難いのは、「死」そのものでなく、死の不条理さなのだろう。今日の依頼者がまさにそれだ。
店に客が入り始めた。僕の右側の席に一人の女性が座った。
「オムライスをお願いします。それと、えーと、ギネスビールを」
彼女はメニューも見ずマスターにそう言った。この店に何度か来ているのだろう。
酒を飲む人、食事をする人、シガーをふかし、語り、それぞれの時間を過ごす。
オムライスをほお張る彼女の横で、僕はコヒーバをふかし続けている。
その煙の行き先を目で追っていくと、彼女と目が合った。
「すいません。食事されてるのに。煙、気になりませんか?」
「いえ、だいじょうぶですよ。大きなタバコですね」
「あ、これはタバコじゃないんですよ・・『お香』のようなもんだと思ってください」
僕は彼女に話しかけていた。
その女性は、とある航空会社に勤め、現在は、西梅田のオフィスで飛行機の予約や発券などの業務をしているらしい。
「以前は、空港で地上職として勤務していたんですけど、室内での仕事に配転されたんです。でも、また空港の現場に復帰したいと思っています」
「現場は、いろいろ大変でしょ?」
「でも、機械をたたいてるよりは、人と接しているほうが楽しいですから」
彼女はほどなくオムライスを平らげていた。
僕の顔が、少し緩んでいたのだろう。
「何か・・?」と彼女が首を傾げた。
「いえ、バーで先にフードをオーダーする人は初めてみたもんで・・」
「ええ、変ですか?」
「いえ、そんなことはないです。失礼しました」
バーで回りの人にやたら話しかけるものではないと思っているが、その彼女とは饒舌にしゃべっていた。誰かと何かを話して、仕事のことを忘れたかったのかも知れない。
「あなたのほうは、お仕事、何をされているのですか?」
「弁護士です。駆け出しですけど」
「素敵ですね。いろんな人に会って、悩みを聞いてあげたり、争いごとを解決したり・・」
「そんな紛争の現場に身を置くことに、いま僕はちょっと疲れているんですけどね」
とりとめのない話をした後、彼女はほどなく勘定を済ませ、店を出ようとした。僕はとっさに言っていた。
「あの、お名前をおうかがいしていいですか?」
「エリです」
彼女は名刺を渡してくれた。社用ではなく、個人のメールアドレスが書いてあった。
少しだけ、心が軽くなった気がした。それは、酒のおかげなのか、彼女のおかげなのか。
それを確かめるために、今度また彼女に会ってみたいと思った。 |
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つづく・・・
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