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「新聞に載っちゃいましたよ、あの件」
美容室の店長が新聞を抱えてやってきた。
『パーマのミスでケガ 慰謝料1000万円請求』
大きい記事ではないが、活字になっている。
「『美容室が訴えられた案件としては最高額』ですか・・。司法記者は珍しい事件をすぐ記事にしますからね。店の名前が出てるわけでもないし、しばらくはこらえてください」
大げさなことにならなければよいが・・。依頼者の帰った事務所で、新聞をながめる。
悩んでいても仕方がない。午後7時には事務所を閉めた。
夕闇が広がり始めた御堂筋の銀杏並木を眺めつつ北に、心斎橋の大丸百貨店に向かう。
アヤとはその後何度か「フロムダスク」で会い、今夜、僕がバーに連れていく約束をした。
「その日なら、心斎橋で7時半ころまで仕事してると思うわ」
それで、今夜7時半に大丸前で待ち合わせとなった。
早く着いて、大丸の店内をひやかしてみると、売場の一角に、10数人のOLが人だかりを作っている。
目をやると、その中心にいるのは、なんとアヤだった。
化粧品販売のブースだ。アヤは椅子に腰掛けて、モデルとなってメイクをされている。
人だかりの隙間から、アヤと目が合う。アヤは一瞬驚き、困ったような笑顔を作って見せたが、すぐに気を取り直して、周りの人たちに微笑みかけていた。
「お仕事お疲れさま」
「もう、来るの早すぎよ。恥ずかしかった」
午後7時半、「仕事」を終えた彼女と落ち合った。
大丸から大宝寺町通りを東へ歩き、「BAR HIRAMATSU」へ。
つい最近、同じビルの2階から4階へ引っ越したところだ。
移転前の、直線の長いカウンターもすきだったが、移転後のコの字型のカウンターは、どの席に座ってもマスターの平松さんとの距離が近くなったようで、これも楽しい。店内には、お酒の本やシガーの本が詰まった本棚も置かれ、いっそうくつろげそうなスペースになった。
「僕はハイボールを。お腹もすいたし、カツサンドか何かを。こちらの女性には・・」
「私、ハーベイウォールバンガー」
「最近、ハンバーグサンドを開発したんですよ。それから、いま開発中なのが・・」
マスターの平松さんは一見無口そうだが、お酒や食べ物の話をしているときは本当に楽しそうだ。
「じゃ、僕、ハンバーグサンドにします」
僕とアヤは、コの字の隅っこに腰掛けて、新しくなったバックバーを眺めている。
「モデルの仕事もいろいろだね」
「ホント、いろいろでしょ。今日はヘンなとこ見られちゃったけど。もっと若かったころはね、グラビアの仕事もたくさんしたし、レースクイーンもやったのよ。撮影会も多かった。テレビのCMにも出たわ。地方局だけど」
「もう、テレビには出ないの?」
「そろそろ30だし、派手な仕事は減ったかな。今日みたいなマネキンとか、パンフレットのモデルくらい。撮影会もあるにはあるけどね。レースクイーンのころ、私の追っかけだったカメラ小僧のグループと直接話をつけるの。事務所を通さないから、ギャラは直接私に入るのよ」
「事務所を通さない仕事で小遣い稼ぎか。駆け出しの弁護士と同じことしてるわけだ」
アヤは2杯目のハーベイウォールバンガーを空にしかけて、すこし饒舌になってきた様子だ。
「でも私、まだまだがんばるつもりよ。CMの仕事とかつかめるように、オーディションも受けてるの。落っこちてばかりだけどね」
そこまで言ってアヤはグラスを飲み干した。
「でね、私の好きなバーのマスターが、私がオーディションに落ちた日の夜、元気だしてくださいねって言いながら作ってくれたのが、このハーベイウォールバンガーなの。それ以来、私のお気に入りなのよ」
なるほど。アヤは、サーフィン大会で敗れた波乗りのハーベイと同じような気持ちで、このカクテルを飲んでいたわけだ。
僕は彼女の話を聞きながら、一人でハンバーグサンドをほおばっている。彼女が口にしたのは、付け合わせのオリーブだけだ。
「食べないの?」
「夜はあまり食べないようにしてるの」
「じゃ、何か飲む?」
「2杯までにしとくわ」
マスターはそれを聞いて「じゃ、水を入れときましょう」と言ってくれた。
「そうね・・。グラスだけ出していただけますか?」
アヤは、カバンからペットボトルを取り出し、出されたグラスに注いだ。
僕もマスターも、珍しそうにみている。
「輸入もののミネラルウォーターなんだけど、私、水はこれだと決めてるの。ミネラルがたくさんで、肌のツヤがよくなるのよ。それから、お通じも・・」
僕はすこしあきれながら、アヤの横で3杯目のハイボールを飲み干した。
「プロなんだね・・僕はそこまで自己管理できない」
「BAR HIRAMATSU」からの帰り道、僕はアヤに言った。
「次のオーディションが近づいてきてるからね、気をつけないと。あなたも飲みすぎると、顔がむくんじゃうよ。じゃ、またね」
アヤは足取りもしっかりと歩いていく。酔いがまわってぼやけはじめた夜の景色の中、そこだけが妙にくっきりと浮かび上がって見えた。 |
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つづく・・・
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