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連載小説「373−2S」

連載小説 [373-2S]
■ 第3話【暁のハーベイウォールバンガー】その1
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「訴えられてしまったんです。1000万円払えって言ってきてます」

知り合いの美容室の店長が依頼してきた。店のスタッフが、客にパーマをかけるときにミスして頭に火傷を負わせてしまい、その損害賠償を求める訴状が届いたという。
訴状には、弁護士の名前はない。その客が自分で訴訟を起こした形になっているが、文面からして、あるていど知識のある人間が背後にいるのがわかる。
「1000万・・この程度のケガにしては請求が高すぎますね。とりあえず、僕に任せてください。心配するほどのことはないですから」
また一つ、裁判が始まる。


夜のミナミに出る。道頓堀は、御堂筋の東側と西側では大きく様子を変える。にぎやかな東側にくらべて少し静かな西側が、僕は好きだ。
道頓堀の西のはずれを少しだけ北に折れたとある店に、木の看板が目立たずに掲げられている。入り口わきの小窓をのぞくと、カウンターに並んで酒を飲む人の背中が見える。
看板の文字は 「BAR FROM DUSK TILL DAWN」 
界隈の人々は「フロムダスク」と呼ぶ。
扉を開けると、薄明かりの中に、長いカウンターが奥までのびている。

今夜は、奥の端に一人の女性、真ん中に男性が一人。僕は入口近くの反対側の端に座る。
バックバーにあるガリアーノ・リキュールの、黄色い背の高いボトルが目立っている。今夜の一杯目はこれだ。
「ゴールドフィンガーを」

静かに時間は流れる。マスターは奥の女性にも声をかけた。
「何かつくりましょうか、いつものやつにしときますか」
「ええ、じゃ、もう一杯だけ」
マスターがバックバーから、再び背の高いボトルを取り出した。
・・また、あの女性だ。
僕はこの店でこの女性を何度か見ている。マスターがいつも、ガリアーノでカクテルを作る。そして、僕は以前から、この人をどこか別のところで見たような気がしている。

真ん中の男性客が帰り、カウンターの両端に僕とその女性が残った。
「お2人とも、ガリアーノがお好きなんですよね」
マスターにそう言われて、僕と女性は、端と端とでお互いのグラスに目をやった。僕はショートグラス、女性はロンググラス。
視線をグラスから上げた互いの目が合う。彼女が口を開いた。
「それも、ガリアーノで作ったカクテルなんですか」
「ゴールドフィンガーっていうんです。そちらは、えーと、ハーベイウォールバンガー、かな?」
「あたり!よくご存じなんですねぇ!」彼女は驚いた様子だった。
「ガリアーノを使うロングカクテル、それしか知らなかっただけです・・」

ハーベイウォールバンガー。昔、ハーベイという波乗りの若者がサーフィンの大会に出場した。ハーベイは優勝を目指していたが、決勝で敗れてしまった。敗北を嘆いたハーベイは、その場にあった酒を混ぜ合わせてカクテルにして明け方まで飲みとおし、酔っ払って町の家々の壁を叩きまわりながら帰ったという。
その「壁叩きのハーベイ」(Harvey wallbanger)が飲んでいたものが「ハーベイウォールバンガー」と言われている。

「あの、どこかでお見受けしたような気がするんですが」僕はその女性に尋ねてみた。
彼女は少し笑顔を見せて
「美容師さんですか?」と聞いてきた。
唐突な問いに一瞬とまどったが、それで思い出した。
「あっ・・!」
僕は声が詰まった。マスターがニコニコしながら、バックバーに並んでいる何冊かの本の間から一枚のパンフレットを取り出した。
「これでしょ」
美容室向けに販売されている、つまりプロ用のシャンプーのパンフレットだ。そのパンフで微笑んでいる女性が、いまカウンターに座っている。
「アヤさんは、モデルをされてるんですよ。で、こちらの方は、美容師じゃなくて、弁護士さん」
「あんまり、見ないでくださいね、そのパンフ・・」
その女性は決まり悪そうに言った。
「失礼しました。うちの依頼者に美容室の店長がいて、このパンフを見せてもらったことがあるんです・・世の中狭いですね」

マスターをはさんでいくつかの他愛ない会話をかわしたあと、彼女はグラスを空けた。
「何か、もう一杯、おごりましょうか」
「ありがとう。でも明日、撮影の仕事があるの。あんまり飲むと顔がむくれちゃうから、今日はもう帰るわ」

アヤは席を立った。
そして店を出るとき、僕の背中を通り過ぎながら言った。
「週末はよくここに来てるの。今度、どこかいいバーにでも連れて行ってよ」

僕は彼女が颯爽と歩いてゆく姿を、入り口わきの小窓から眺めていた。
つづく・・・

カクテル一口メモ
ハーベイウォールバンガー(1):
 ハーベイウォールバンガーは、ウォッカにオレンジジュースを混ぜて、ガリアーノというバニラ系のリキュールを少し加えたロングドリンクです。甘くて飲みやすいですが、ウォッカの量によってはキツめのカクテルにもなりえます。
ゴールドフィンガーは、ウォッカにガリアーノとパインジュースを加えてシェイクするショートカクテルです。
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