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「このたびはたいへんご迷惑をおかけしました。弁護人の私が、健一本人に代わっておわび申し上げます。健一本人と、その親から、せめて謝罪の気持ちを形にしたいと預かっているものがありまして、不躾ではありますが、お受け取りいただければと思い、本日、お伺いさせていただいた次第です」
健一の刑事裁判の日が近づいてきて、示談金の札束かかえて示談に行った。
我ながら、被害者との示談も手馴れてきたなあと、被害者宅で頭を下げつつ思う。
弁護士になりたてのころ、初めてやった刑事事件は、小学生女子への強制わいせつ事件だった。被害女子の両親に怒鳴られながら、ちぢこまってた。こんなことしたくて司法試験に受かったわけじゃない、って、情けなく思ってた。
今は、誰に何を言われても、仕事だからと割り切って平気でいられる。
弁護士3年目、ここだけは進歩したかも知れない。
夜、法善寺横町を歩いた。
「不動明王」の提灯の下では、水かけ不動に水をかけようとしている人が列を作っている。
その列を横目に見ながら、路地の階段を上がり、「バー川名」へ入る。
弁護士1年目のころはよくここにきて、ジントニックを飲んだ。
弁護士になって、間違いなく、外で飲むことが多くなった。
収入があがったこともあるが、仕事のあとまっすぐ家に帰りたくないというのがいちばんの理由だ。
昼間の仕事で抱えた何かを、どこかに置き去ってから帰りたい。そんな気分で、1人飲みに繰り出すようになった。
ここ「バー川名」の一番奥の椅子に座って、小窓から、法善寺横町のにぎわいを見ると、いやなことも束の間わすれることができた。
あのにぎわいが一瞬にして消えてしまった、中座の火事――。
火事のあとの横丁を照らし続けていたこのバーも、二度目の横丁の火事で被災した。
いつもそこにあったものが、突然なくなってしまった、あのときの喪失感。
そして復活――。
まるで何事もなかったかのように、「バー川名」は今夜も、その小窓から、法善寺横町を照らし続けている。
店内では、女性の2人連れが楽しげに話している。
こないだのマティーニの女性・ナオは、今夜もミナミのどこかで一人飲んでいるのだろうか。
あれからしばらく立つが、ナオとは顔を合わせていない。
携帯を取り出して、ナオの電話番号を出してみる。
かけることはしない。
先日は酔った勢いで電話をかけてしまったようだが、いつもは、自分から女性に電話はかけないことにしている。つまらないこだわりがある。
店の女性客は2人とも普段着だ。
ナオのようにスーツ姿でバーに来る客は、ミナミでは少ない。
あの力強い目が、妙に記憶に残っている。
ナオを思い出しながら、ってわけでもないが、今夜もマティーニを頼んだ。
半分飲んで、グラスからピックを取り出して、オリーブを半分かじって、またグラスに戻す。
よくやっている飲み方だ。
京都の「木屋町サンボア」のマスター中川さんに教わった。
「オリーブ、どうしたらええかって? まあ、好きなようにしてくれたらよろしいねんで。ずっと飾っといてくれても、食べてくれても。途中まで飲んでオリーブを半分かじる人もいてはりますなあ。そうすると、オリーブの油が出てきて、また違う味になりますねんやわ」
確かにマティーニの味わいがかわって、違う楽しみ方ができる。
でもオリーブを半分かじってグラスに戻す行為はあまりサマにならないので、人前ではやらない。
店を出た。
もう1杯飲んで帰ろう。
どこで飲もうか。
ナオがいきそうな店は・・と考え始めて、自分に恥ずかしくなって一人頭を振る。
店を選ぶ基準に、ナオに会えそうなところを考えている。何を考えてるんだろう。
脚は新歌舞伎座裏のスナックに向かう。
ナオが決して来なさそうな所だ。
ナオに会いたがってる自分を意地でも否定しようとしている。 |
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つづく...
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